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或る人生訓

 投稿者:リベル  投稿日:2018年 6月15日(金)03時17分51秒
返信・引用 編集済
   最近ネットスラングで「俺得」とか「誰得」という言葉が流れていると聞いて、変なことを思い出しました。私がズット人生訓の一つにしてきた言葉の一つに
    「誰の得にもならない事はしない」
というのがあります。今ググってみましたが、余りヒットしませんから、これはヒョッとしたら自前の人生訓なのかも知れません。実はこの人生訓を守って、二十数年、誰にも言わなかった秘話が有ります。墓場まで持って行こうと覚悟していたわけでもなく、真実はどこかでいつかは明らかになる、と信じていたのですが、ボツボツ墓場が近くなってきたのに、一向にその気配も無いので、ここで明らかにしておこうと思い立ちました。

 私が会社勤めをしていた時、Nというチーフと、Sというサブ・チーフに仕えていました。或る日、Nが ホールインワンをしました。その頃私は総務課長という職に居たのですが、早速Sがまとめてお祝いしようと、総務課長・総務課員から集金して、何かを買ってNに差し上げたようです。何を買ったのか報告も無かったので、忘れていました。数日後、お祝いの会が開かれました。顔を出すとNがいきなり、「”お祝い品”も出さずに、ただ酒は飲みに来るとは図々しいじゃないか!」と言いだしたので、私はSの姿を求めて見回したのですが、未だ来ていませんでした。その内明らかになることなので、忘れていたら、何とNは挨拶の中でそのことに触れて、名指しで私を糾弾したのです。そこにはサブ・チーフのSも居たのですが、当人からは何も言わないので、私は黙って挨拶が終わるのを待ちました。そこで挨拶を遮って真相を話すと、日頃から事務処理能力を云々されていた、Sに傷がつくからです。直後に意地悪にもNは私に挨拶を求めて来たのですが、人生訓に従って、私は厚顔を装って、”お祝い品”には触れず他の祝辞に終始しました。一通り何人かの挨拶も終わって、気がつくとSは姿を消していました。

 絶好のチャンスが去って、翌日以降、私は特にNにもSにもその話はしませんでした。余りにもあり得ない話なので、分かる人は分かる、時間が経てば分かると放置したまま、時は過ぎて、ご両人は今やあの世へ先立たれました。Nは真相を聞いて「何だそうだったのか!彼には悪いことをしたなあ・・・」と、反省をしたとか、しなかったとか、定かではありませんが、私もボチボチあちらへ行きます。「首を洗って待っていろ!」なんて、不粋なことは全く思ってはいません。むしろ今頃真相をばらして「死者に鞭打つ」結果になりはしないかと・・・いや心からそう思っているわけでは無いと、キッパリ申し上げておきましょうか・・・。


 追伸:書き終わってから、いつも観ている「グレイズ・アナトミー」というテレビ映画シリーズ(毎日・毎日、もうザット積算200時間は観ている長い医療物シリーズなのです)を観ていて、フッと気づきました。この映画が長い間忘れていた、何かを思い出させたんだ、と。それは「Dignity=人間の尊厳」です。特に「尊厳」を扱った映画では無いのですが、職場での人のぶつかり合いや、人間の生死について、考えさせるものが底流に有る、どうやらそれが、私を刺激したようなので、白状しておきます。
 
 

青大将の上半身

 投稿者:リベル  投稿日:2018年 5月11日(金)01時47分0秒
返信・引用 編集済
  この頃排出する大便の形が変わってきました。この頃と言ってもここ一年ほどのことでしょうか。大酒飲みの私は、若いときからズット柔らか過ぎる状態でした。最近酒量が著しく減ったのと、健康のために納豆と玄米を欠かさないようになってから、明らかにそれが固形へと変化し始めました。したがって、その時イキムことが必然になってきて、血圧が高めの私は、時々過度にならないように調整しなければならないほどなのです。言いたいことは、その結果誕生する大便の形状のことなのです。我が家もご多分に漏れず便器は今様の水洗形式なのですが、その底からマッスグ這い上がって水面に身体を乗り出した少し肥り気味のアオダイショウの「上半身」、正にギクッとするほどそれに似ているのです。

 快眠・快食・快便。お陰様でそんな毎日でございますという近況報告でした・・・。
 

「潜在意識」というもの

 投稿者:リベル  投稿日:2018年 4月23日(月)13時53分11秒
返信・引用 編集済
   (一)寺田寅彦著 「俳諧の本質的概論」から(全文が青空文庫で読めます。)

 発句は物を取り合わすればできる。それをよく取り合わせるのが上手というものである。しかしただむやみに二つも三つも取り集めてできるというのではない。黄金(こがね)を打ち延べたように作るのだということを芭蕉が教えたのは、やはり上記の方法をさして言ったものと思われる。
 (中略)取り合わせる二つのものの選択の方針がいろいろある。それは二つのものを連結する糸が常識的論理的な意識の上層を通過しているか、あるいは古典の中のある插話で結ばれているか、あるいはまた、潜在意識の暗やみの中でつながっているかによって取り合わせの結果は全く別なものとなる。蕉門俳諧の方法の特徴は全くこの潜在的連想の糸によって物を取り合わせるというところにある。幽玄も、余情も、さびも、しおりも、細みもこの弦線の微妙な振動によって発生する音色にほかならないのである。

 (二)バートランド・ラッセル著 「幸福論」から

 無意識の大部分は、かつては非常に情緒的な意識的思考であったのに、いまや意識下に埋もれてしまったものから成り立っている。この意識下に埋める過程を意図的にやってみることは可能であり、このようにして、無意識に有益な仕事をいろいろさせることができる。たとえば、私がある相当むずかしいトピックについて書かなければならないとする。その際、最上の方法は、それについて、ものすごく集中的に--それこそ私に可能なかぎりの集中力をもって--数時間ないし数日間考え、その期間の終わりに、いわば、この仕事を地下で続けよ、と命令することである。何か月かたって、そのトピックに意識的に立ち返ってみると、その仕事はすでに終わっているのを発見する。

 (三)岡 潔著 「発見の鋭い喜び」から(「春宵十話」より)――Ⅰ

 (岡先生が「多変数解析関数論」に関するある問題を解決しようと、中谷宇吉郎邸の応接室のソファーで長い呻吟の後、遂に解決に至った経過を二ページにわたって記した後、次のように述懐しています。)全くわからないという状態が続いたこと、そのあとに眠ってばかりいるような一種の放心状態があったこと、これが発見にとって大切なことだったに違いない。(中略)結晶作用にも一定の条件で放置することが必要であるように、成熟の準備が出来てからかなりの間をおかなければ立派に成熟することはできないのだと思う。だからもうやり方がなくなったからといってやめてはいけないので、意識の下層にかくれたものが徐々に成熟して表層にあらわれるのを待たなければならない。そして表層に出てきた時はもう自然に問題は解決している。

 (四)岡 潔著 「数学を志すひとに」から(「春宵十話」より)――Ⅱ

  これから数学をやりたいと思っておられる方に何よりもまず味わっていただきたいと思うのはアンリ・ポアンカレーの「数学の本体は調和の精神である」という言葉です。(中略)ここにいう調和とは真の中における調和であって、芸術のように美の中における調和ではありません。しかし同じく調和であることによって相通じる面があり、しかも美の中における調和のほうが感じ取りやすいので、真の中における調和がどんなものかをうかがい知るにはすぐれた芸術に親しまれるのが最もよい方法だと思います。
 したがってまた、数学の目標とするところは、真の中における調和感を深めることよりほかにありません。調和感を深めるとはどういうことか、一つ例をあげましょう。

 (と岡氏は次のような経験談を綴ります。岡氏が三次元方程式を解く必要に迫られたとき、四〇〇年前に解かれた有名な「タルタリアの解法」を忘れていました。そこで岡先生はよい機会だと、自分自身で解き方に挑戦してみたら、なんと僅か三日で全然別の解法を発見してしまったのです。ルネサンス時代の大数学者たちが生涯をかけた難問が、スラスラと解けたのは何故か。岡氏は次のように分析します。)

 この四〇〇年間に数学の調和感というものがそれだけ深まったためだと考えられるのです。調和感が深まれば可能性の選び方、つまりは「希望」というもののあり方が根本的に変わってくるわけで、速く解けるのは当然だといえましょう。そして数学の目標はそこにあるということができます。

 (注:岡氏はここで、数学というものができ上がってゆくとき、そこに働く一番大切な「智力」について、これもポアンカレーの「科学と価値(ママ)」から次のように引用します。)

 この中でポアンカレーは数学上の発見が行われる瞬間をよく見る必要があると述べて、自分の体験からそれはきわめて短時間に行われること、疑いの念を伴わないことを特徴としてあげています。こんなふうな特徴を備えた智力、それが数学にとって必要な智力といえるわけです。

 (注:そして次のような体験談によって、その「智力」を具体的に説明します。)

 私が中学生のころ、数学の試験は答案を書き終わってからも間違ってないかどうか十分に確かめるだけの時間が与えられていました。それで十分に確かめた上に確かめて、これでよいと思って出すのですが、出して一歩教室を出たとたんに「しまった。あそこを間違えた」と気づくのです。(中略)教室を出て緊張がゆるんだときに働くこの智力こそ大自然の純粋直感とも呼ぶべきものであって、私たちが純一無雑に努力した結果、真情によく澄んだ一瞬ができ、時を同じくしてそこに智力の光が射したのです。そしてこの智力が数学上の発見に結びつくものなのです。

 (五)中野孝次著 「無心に書く」から (「老年の良識」より)――Ⅰ

 書には心の状態が、そのままただちに現れる。これが書のきびしさである。文章でも画でもそうだが、書くらい書き手の心がそのまま現れる芸はほかにはあるまい。だが大抵の人は巧くなったその先に完全なる無心へと突き抜けることができず、最後まで上手下手の境をうろついていることになる。良寛の字がいいのは学びに学んだ末にそれをすべて捨てて、完全にただ心ひとつの表現へと帰っていった点である。あの字のよさは良寛の心の美しさそのもののあらわれになっているからだ。

 (六)中野孝次著 「死の近きことを思う」から (「老年の良識」より)――Ⅱ

 幸福というものを東洋の智慧は、はかないよろこびや、空しい充足と区別して、永遠の時、宇宙の空間とのつながりの中でとらえた。「俺は、今生きて、ここに、かうしている」の自覚は、自分のいのちの自覚であると同時に、己を超えた宇宙的生命の自覚でもある。そこにある真に深い安息、よろこび、充実こそが幸福というものにほかならない。それは欲望の充足などということとまるで次元を異にする話だ。

 (七)鈴木大拙著 「自由・空・只今」から (「新編・東洋的な見方」より)

 とにかく、「空(くう)」を時の上から解釈して、「即今」という。平たくいえば、「ただいま」である。「空」がわかるというのは、この「ただいま」がわかるという意味である。「ただいま」を手に入れなくてはならぬ。この「ただいま」を無限そのものだと悟るとき、零(ゼロ)すなわち無限(インフィニティ)の式が成立する。アッというこの一瞬が直ちに無限の時間そのものであると気づくとき、東洋思想の根柢にふれることができる。
 

宇佐美治さん、ご冥福をお祈りします。

 投稿者:リベル  投稿日:2018年 4月12日(木)13時01分11秒
返信・引用 編集済
  宇佐美治さんがお亡くなりになられました。

心から哀悼の意を表します。安らかにお眠りください。合掌。
 

a good loser

 投稿者:リベル  投稿日:2018年 3月30日(金)13時20分6秒
返信・引用 編集済
  「日暮れ、途(みち)遠し。吾が生(しょう)既に蹉跎(さだ)たり。諸縁を放下すべき時なり。信をも守らじ。礼儀をも思わじ。この心をも得ざらん人は、物狂ひとも言へ、うつつなし、情なしとも思へ。毀(そし)るとも苦しまじ。誉むとも聞き入れじ。(徒然草:第百十二段)」

(1)「蹉跎」は、二字ともつまずくの意で、思うように進み得ない状態。「新訂徒然草(岩波文庫)の注釈」

(2)「蹉跎」 大辞林によれば、「「蹉」 「 跎 」ともつまずく意」とあって、用例が・・・
  ①  つまずくこと。また、ぐずぐずして空しく時を失うこと。 「嗚乎呉を沼にするの志空く-し/佳人之奇遇 散士」
  ②  落ちぶれること。不遇なこと。また、そのさま。 「吾が生既に-たり/徒然草 112」
  ③  食い違っている・こと(さま)。 「万事の-たることかくのごときなる/正法眼蔵」


 何か順序が逆になりました。本棚の隅で見つけた、中野孝次の「老年の良識」を読み返して居て、この言葉を見つけ、ハットしました。中野孝次さんは、大意を次のように記しています。

「自分の人生はもうけりがついた。これからはもう、義理はすべて欠くことにしよう。社会の決まりや礼儀さえ思うまい。」

 自分がこれを読んだのは恐らく15年から20年ほど前のはず。当時私は中野孝次さんに心酔していましたから、この言葉を心に刻んだ可能性が強いのです。「可能性」などという表現にしたのは、それほど強く「信条」として遵奉していたわけでは無く、しかし、顧みれば甚だしく影響を受けた、という自覚があるからです。

 でも今回これを調べていて、大辞林の「落ちぶれること。不遇なこと。」という語釈に、少なからぬショックを受けました。あっ、お見通しだったんだ!というような感覚です。そうは思いたくなかったから、敢えて目を背けていたけれど、実は自分は「負け犬」なんだ、洋画で良く耳にする「loser」なんだ。いや矢張りそれはズット昔から自覚していたんだ、ただ、全くそれをネガティブに受け取ることをしなかっただけなんだと、今頃気づきました。これは一つの進歩なのでしょうか・・・。
 

Re: 年表を

 投稿者:リベル  投稿日:2018年 3月25日(日)13時23分11秒
返信・引用 編集済
  > No.5352[元記事へ]

風林火山さんへのお返事。

> 大変参考になっております。
> ありがとうございました。

風林火山様、お役に立てて幸いです。色々不備などあろうかと思います。改善しますので、どうぞご遠慮なく、お申し付けください。
 

年表を

 投稿者:風林火山  投稿日:2018年 3月24日(土)09時01分31秒
返信・引用
  年表をリンクさせて頂きました。
大変参考になっております。
ありがとうございました。
 

「真善美」って何なん?

 投稿者:リベル  投稿日:2018年 1月24日(水)14時24分48秒
返信・引用
  > No.5349[元記事へ]

よく並べて言われる真善美。そもそも「真」・「善」・「美」それぞれを少なくともこの私は、じっくりと味わうように芯から理解することが出来ていません。なので、余計に分からないのですが、この三つは何故並立しているのでしょう? 誰かが最初に言い出したのでしょうが。この答えは「コトバンク」で意外に簡単に見つかりました。堅苦しい文章ですが、そのまま引用します。出典は小学館の「日本大百科全書」です。

 知性(認識能力)、意志(実践能力)、感性(審美能力)のそれぞれに応ずる超越的対象が真善美である。このうち、知性の対象を真とし、意志の対象を善として併置することは西欧古代、中世の哲学的伝統であった。またギリシアでは、美と善とは合して、「美にして善なるもの」kalokagathonという合成語となり、自然的、社会的、倫理的な卓越性をさすことばであった。しかし、真善美の三者が併置されるようになったのは、おそらく近代になってからのことで、直接にはカント哲学の影響によるものであると考えられる。カント哲学の紹介者であったフランスの講壇哲学者クーザンには、『真美善について』Du vraie, du beau et du bien(1853)という著作があり、カント哲学の復興であったドイツの新カント学派では、「真善美」d. Wahre, d. Gute, d. Schneはその哲学の常套(じょうとう)語となった。日本へのこの語の移入は、おそらく新カント学派の影響によるものと考えられる。[加藤信朗]

何やら小難しいですが、先に以下の国語辞典の語釈を読めば、理解が早まります。

デジタル大辞泉
  認識上の真と、倫理上の善と、審美上の美。人間の理想としての普遍妥当な価値をいう。

広辞苑
  認識上の真と、倫理上の善と、美学上の美。人間の理想として目ざすべき普遍妥当な価値をいう。これに聖を加えることもある。「かくてなほあくがれますか真善美わが手の花はくれなゐよ君」(晶子)

大辞林 第三版
 人間の理想である、真と善と美。それぞれ、学問・道徳・芸術の追求目標といえる、三つの大きな価値概念。

先ず下の三つの国語辞典を比べて、誰もが抱く感想は、恐らく大辞泉と広辞苑の語釈の酷似でしょう。これは私の常識的には、大辞泉が広辞苑から安易に頂戴したという、巷間よく見られる手法ということで、片付くでしょう。不愉快なのは、広辞苑の用例ですね。ここに晶子を持ってくるとは、努力不足といわれても仕方ないのではないでしょうか。尤も、真面目な書物からでは、逆に甲乙つけがたくて、選びにくかったという事情は良く理解できますが、さりとて何も・・・。

閑話休題。三つが並立させられた経緯です。率直に言って私なんぞは、先ず人間の「肉体」と「精神」という分け方には、直ちに納得が出来ますから、そういう観点から「知性()」と「意志()」という中世哲学の考え方にはついていけるし、一方ギリシャの「にしてなるもの」というのも、それはそれで分かる気がするという段階です。この筆者の加藤氏もご苦労なさったかとは思いますが、しかし、三者が並立した、あるいはさせられた理由は、依然として不明です。

だから、というわけでも、癪だからというわけでも無いのですが、私が最近たまたま読んだ岡潔さんの「春宵十話」の中に有った「」と「」のペアをご紹介します。「数学を志す人に」の中の一節に

「ここにいう調和とはの中における調和であって、芸術のようにの中における調和ではありません」

とあるのです。勿論、前にポアンカレーの到達した「数学の本体は調和の精神である」という自覚が紹介されているのですが(お断りしておきますが、実は私、この意味を理解できているわけでは無いのです。)。もう一つの「真の中の調和」を岡先生は実例を挙げて次のように説いておられます。少し長いですが・・・

”私が中学生のころ、数学の試験は答案を書き終わってからも間違ってないかどうか十分に確かめるだけの時間が与えられていました。それで十分に確かめた上に確かめて、これでよいと思って出すのですが、出して一歩教室を出たとたんに「しまった。あそこを間違えた」と気づくのです。(中略)教室を出て緊張がゆるんだときに働くこの智力こそ大自然の純粋直感共呼ぶべきものであって、私たちが純一無雑に努力した結果、真情によく澄んだ一瞬ができ、時を同じくしてそこに智力の光が射したのです。そしてこの智力が数学上の発見に結びつくものなのです。”

この一瞬が「真の中の調和」なのでしょう。実は私にもこの体験が有るのですよ、ポアンカレーさん。そして「美の中の調和」の感覚も分かる・・・というより理解できるのです・・・?ほんまかいな!
 

「win-win」ばかりで良いのかいな?

 投稿者:リベル  投稿日:2017年 8月 1日(火)01時16分59秒
返信・引用
   このところよく耳にする言葉に、「win-win」というのがあります。また若者言葉かいな?と思っていたら、経営学用語らしくて、驚きました。
 今読んでいる河合隼雄の「心の処方箋」という本に、河合さんの造語として「ふたつよいことさてないものよ」というのが有りました。これは「win-win」のまさしく逆の意味で、世の中も、心理学上も、「良い」と「悪い」が有って、バランスというものが成り立っているのですぞ!というご意見です。フムフムそんなものかなあと感慨にふけりました。耳からは「加計学園問題」で擦った揉んだやっている、国会中継が入ってきます。何となくですが、安倍総理に聞かせてあげたくなりました。「ふたつよいことさてないものよ」何となくですが・・・(笑)
 

「ほぞ」って何だ?

 投稿者:リベル  投稿日:2016年10月17日(月)13時52分34秒
返信・引用 編集済
   世界の古い井戸について、まとめていると(参考)、色んな雑学に出会えて興が尽きません。新石器時代の初期、人類が定住を初めてまもなく、「井戸」を考え出しました。これがいわゆる大工仕事(木工作業)の始まりだろうと言われているそうですが、その記述の中に「cogging joint」という知らない言葉が出てきました。調べてみると日本語で「枘(ほぞ)」と言う奴です。聞いたことはあっても、正確にどんなものか知らないので、インターネットで調べたら、こんなサイトが見つかりました。思わず膝を打つようなわかりやすい説明が、見事な日本語で綴られています。ツイツイ紹介したくなって・・・。

 

現下の豊洲問題!よくまとまっています・・・

 投稿者:リベル  投稿日:2016年 9月23日(金)22時28分7秒
返信・引用 編集済
  小池知事、豊洲は「都庁改革の試金石」 従来体制を批判       (朝日新聞:2016年9月23日20時40分)


 東京都の築地市場(中央区)から移転予定の豊洲市場(江東区)で、主な建物の下に盛り土がなかった問題で、小池百合子都知事は23日の定例記者会見で、「無責任体制と言わざるを得ない」と従来の都の管理体制を厳しく批判した。盛り土のない設計に変更した決定者や時期を特定した上で、今月中に報告をまとめる方針を示した。

 「あいまいな部分を残している内容としか思えない」。小池知事は会見で、21日に事務方から報告された調査結果について指摘。「都庁が自律改革ができるのかどうかの試金石だ」と強調した。

 豊洲市場では環境基準を大きく上回るベンゼンなどの有害物質が検出されたため、2008年に都の「専門家会議」が汚染対策として敷地全体に盛り土などをするように提言。しかし、実際は主な建物5棟の地下に盛り土がなく、空間があったことが今月発覚。小池知事が事務方に経緯の調査を指示していた。

 小池知事がこの日、追加調査の要点に挙げたのは、①いつ、誰が盛り土しないことを決めたのか②都のウェブサイトや議会答弁が事実と違っていた理由③事態を知っていた職員が「専門家会議」委員に意見を求めなかった理由――の3点。

 知事によると、盛り土に代わる空間が設けられた理由について、事務方の調査では「地下水検査などの作業空間が必要」「設計過程で地下空間を設ける方針が固まった」などとあるだけで、決定者や時期などがあいまいだったという。「調べる量が膨大。(次の報告に)期待したい」とした。

 小池知事が厳しい言葉を並べたのは、担当部局の都中央卸売市場長に関する質問に答えた場面。08年から現職までの市場長5人が調査に対し、「盛り土をしない設計変更を知らなかった」という趣旨の説明をしていることを明かし、「これこそガバナンス、縦割りの問題。誰のお金で、誰のための市場なのか。無責任体制と言わざるを得ない」と批判した。

 今後、事務方の調査で焦点になるのは、市場施設の基本設計を発注した11年3月から、できあがった同6月ごろまでの約3カ月間に何があったかだ。都幹部によると、発注段階ではなかった「地下利用」の案が、作られた設計には盛り込まれたことが分かっている。

 この間、都の担当部局と受注した大手設計会社との協議の過程で設計変更された可能性が高いとみられているが、決定者や変更の目的についての調査は難航している。証言の食い違いが目立つ一方、裏付けられる文書記録が少ないためという。

 都議会答弁などで事実と異なる説明が続いていた点も、「同じ部局内でも、技術と事務の担当者間で情報共有が不十分。事実を知らない職員が多かった」などと話す職員は少なくない。専門家会議に報告しなかった点についても同様で、詳細な経緯の解明は難航しそうだ。
 

年表拝見しました

 投稿者:アール  投稿日:2016年 9月 2日(金)01時46分10秒
返信・引用
  とても興味深く、そして見易い年表でした。
有難うございました。
 
    (リベル) 
ご丁寧に、痛み入ります。ご活用頂ければ幸甚です・・・^^
 

これはCMではありません!!!???

 投稿者:リベル  投稿日:2015年11月 1日(日)01時54分58秒
返信・引用 編集済
  出典  

映画「ダラス・バイヤーズ・クラブ」から

 投稿者:リベル  投稿日:2015年10月20日(火)03時37分30秒
返信・引用
  マシュー・マコノヒー" I got one... one life, right? Mine. But I want someone else's sometimes."

字幕「人生は一度きりだけど、他人のも生きてみたい。」

「俺は一つの人生を生きてきた、俺のをな。だけど他人のも生きてみたいって、思うんだよな、たまに。」

妻に真剣な興味を抱くってことは、何となく「他人のを生きている」感じに、近いのです。おかしいかな???
 

福知山

 投稿者:エリカ  投稿日:2015年 9月25日(金)20時27分31秒
返信・引用
  お久しぶりです。何十年かぶりで福知山へ行ってきました。

祖父母が住んでいた家も建て替わっていました。祖父母はとっくの昔に他界しましたが。祖父母の家の近くの浄願寺(ご存じですか)も見てきました。道路は舗装され、子供の頃遊んだ小川も橋がかかっていました。子供の頃は川でおばちゃんたちが洗濯していました。
美和荘という宿舎で泊まったのですが、宿泊料金も安く食事がとてもおいしかったです。
 
    (リベル)  エリカさん、どうもご無沙汰いたしております。私は家内の実家が有るので、年に一回は必ず帰郷しています。ただ、浄願寺という名前は、いや他にも寺町などと言う町も有って、お寺は沢山有るのですが、もう名前は全部忘却の彼方です。来月帰る予定です。楽しみにしています・・・。  

「生きるとは、自分の物語をつくること」

 投稿者:リベル  投稿日:2015年 9月19日(土)03時07分45秒
返信・引用 編集済
  これは小川洋子さんと河合隼雄さんの対談集の名前です。たまたま先ほど読み終わったのですが、小川さんの後書きの、その最後の部分にこんな文章があります。

”個人が内面の混沌を物語の形で受け入れるのと同じように、国家や社会もまた、その集団の根底に横たわる不安や不満や傷や憂いを言葉で表現することにより、対立する相手集団と歩み寄れるのでは?”

この「少し長すぎるあとがき」と題する後書きは、私が最近読んだ中で、最も心打たれる名文だなあと、感じ入っていたのですが、この部分を読んだとたんに、下の光景が頭に浮かんで、一挙にシーンと興醒めになってしまいました。嗚呼!情けなや・・・。
 

「よろこび!」

 投稿者:リベル  投稿日:2015年 7月28日(火)00時26分42秒
返信・引用
   

天声人語から(備忘録)

 投稿者:リベル  投稿日:2015年 7月26日(日)04時20分32秒
返信・引用 編集済
  (天声人語)鶴見俊輔さん逝く    2015年7月25日05時00分

 東大が嫌い。成績が一番のやつが徹底的に嫌い。哲学者鶴見俊輔さんの信条だ。父は東大出の政治家で、一番に執着した。鶴見さんの見るところ、一番の人間は状況次第で考えをころころ変えて恥とも思わない▼二番は認めるというところが面白い。二番になった人間は努力すれば一番になれるのに、「そこの追い込みをしないところに器量があり、遊びがある」。鶴見さんを語るのに器量と遊びという二つの言葉は欠かせないように思う▼正義というものの危うさをしばしば語った。正義の人は純粋さを追い求め、ついに暴虐に行きつく。不良だった鶴見少年を叱る母はまさにそういう人だった。だから自分は「悪人でいたい」。これも鶴見思想の一つの核心だろう▼借り物でない思考と裃(かみしも)を脱いだ言葉があるから、鶴見さんを読むのは心地いい。笑いを愛し、山上たつひこさんの人気漫画『がきデカ』を評価した。己の欲望に忠実な主人公「こまわり君」は、戦争に行けと命令されても従うまい。鶴見さんはそこに日本の希望を見た▼「ベ平連」や「九条の会」を動かした行動の人は、70歳で老いを自覚したという。80歳で初詩集『もうろくの春』を出版。「もうろくは一つの創造だ」と老境を楽しんでいた。享年93▼「失敗したと思う時にあともどりをする」。その大切さを説いた姿勢を引き継ぎたい。勝利への展望が失われても戦争をやめられなかった戦前と、明白な「違憲」法案への批判に耳を貸さない今の政権の姿が重なる。
 

Re: 御教授ください 80万年前のhand axe

 投稿者:Ichiro  投稿日:2015年 3月29日(日)20時15分3秒
返信・引用
  > No.5331[元記事へ]

Ichiroさんへのお返事。

りベルさん 有難うございました。これの様です。感謝。
 

御教授ください 80万年前のhand axe

 投稿者:Ichiro  投稿日:2015年 3月22日(日)20時30分3秒
返信・引用
  こんばんは 本日聞いた話ですが質問します。80万年前のHand axeが大量に東アフリカで発見され、その写真が東京大学出版会から発表されているそうですが、遠くからみたので、よくわかりません。恐らく先生は御存じだろうと思い質問します。 Ichiro  
    (リベル) Ichiroさん、こんにちは、ご無沙汰しています。
おっしゃっている写真は、存じ上げませんが・・・。こんなのも参考になるかもしれません、ご覧ください。

http://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/22_letter/data/news_2013_vol1/p13.pdf#search='%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%B9+%E6%9D%B1%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%AA%E3%82%AB'
 

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