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パノラマカーを取り巻く人々(1)

 投稿者:中京  投稿日:2007年 2月27日(火)14時43分26秒
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  犬山検車区は、また朝を迎えました。
既にラッシュ時を過ぎようとした時間、通勤ラッシュに働く車両たちは既に出ており、
検車区にはまだ運用のない車両と、「本日お休み」の車両が残っています。

今日はここに7001Fがいます。
今、やっと起きたところです。

「ふあーーよく寝た。最近ラッシュは出番がないから楽でいいな。今何時かな?あ、9時04分か・・・・」
9時04分。。。
そう、7001Fにとってはとっても意味のある時間なのです。

今からもう46年前、まだ新幹線もなく車も少なく、高速道路なんて全くなく、名古屋には低いビルしかない時代、
東京に行くにはまだ特急「こだま」で4時間近くかかった時代、
日本が高度経済成長真っ只中の年に、真っ赤なパノラマカーはデビューしました。
そしてその一番列車は、豊橋駅9時04分発の特急新岐阜行きでした。

1線しかない豊橋駅にはパノラマカーに乗る人、見る人がいっぱい来ていました。
「運転士はどうやって乗るんだろう」
「派手な電車だなあ。でも前が見えて楽しそう」
来た人たちは今までにない、不思議な電車に見入っていました。
そんな中、7001Fは緊張の面持ちで駅に停まっていました。
先頭車には人、人、人。。。
何時間も待って乗った人がいたそうです。
大きな拍手の中、7001Fは新岐阜に向かって走り出しました。

あれから46年。。。
たくさんの人の夢を乗せて走り続けてきたパノラマカー。
ついに、パノラマカーも引退する時期が発表になり、カウントダウンが始まりました。
今回は私中京も含め、パノラマカーに憧れ、利用し、携わってきた人たちのドラマを紹介したいと思います。

(1)その1:中京vs7001F

中京:
「こんにちは。7001Fさん。お久しぶりです」
7001F:
「やあ、こんにちは中京さん。僕も引退することが決まっちゃいました。」
中京:
「そうですよね。。。最初はさびしいなあ、と思ってたんですけど、最近は「もう十分働いて、僕らに夢を与えてくれて、
本当にありがとうございました。ゆっくり休んでください」っていう気持ちになってますね。」
7001F:
「中京さんはおいくつなんですか?」
中京:
「そうだなあ、3780系さんと同い年(*1)で、7017Fさんの1つ上(*2)ですね(苦笑)」
7001F:
「なるほど(笑)じゃあ、Phoenixマークを付けてた僕らは知らないんですね」
中京:
「そうですね。でも子供のころは、パノラマカーさんに本当に憧れてました」
7001F:
「そうでしょうね。9次車が出たときも小学生だったんですね。中京さんっていうくらいだから、家は中京競馬場前に
あったんですか?」
中京
:「そうなんです。だから小さいときはパノラマカーを見てるだけでしたね。ほとんど乗れなくて(苦笑)
たまに普通で来た時とか、競馬開催で特急が停まったときはそれこそ狂喜乱舞でした。
どうしてもパノラマカーに乗りたくて、鳴海のホームに2時間いたこともあるんですよ(笑)」
7001F:
「そうですか(笑)あの時は鳴海もほとんど通過してたなあ(*3)・・・でも子供たちが僕を見て喜んでくれる、ほんとにいくつに
なっても嬉しいものです」
中京:
「でも、7001Fさんには失礼なこと思ったこともありましたね。「あれ?何でニキシー管メーターがないの?」とか
「え〜??一番年寄りなのに白帯〜??」とか・・・すみませんでした・・・・」
7001F:
「あはは。ニキシー管はちょっとくやしかったですね。7004でテストしたから僕らも付くと思ってましたし・・・
白帯は、ぼくもびっくりだったんですよ。7003Fともう目を丸くしてました」
中京:
「最近は6両編成に戻って、セントレア行ったり、急行運用も多くて、で毎日大変ですね」
7001F:
「実を言うと僕はP4の時代が長いんですよね。(*4)中間車は5,6年で7025に取られましたし(*5)、9次車が付いてたのも長くないし・・・
今も7700と組んでますけど、同じ系列で12年〜14年も違うと、世代ギャップを感じますね(苦笑)」
中京:
「だと、スーパーさんと組んでた一部特別車特急の時なんかもっとすごかったんじゃないですか?」
7001F:
「あはは(笑)あいつらせっかちで。。。(笑)もうついていくのに大変でした。でもいい思い出です」
中京:
「後2年くらいで、本当に引退ですね。さびしくなっちゃうなあ。。。。」
7001F:
「そうですね」
中京:
「僕が一番さびしいのは、僕らの子供たちの世代には、パノラマカーのすばらしさを一緒に乗って伝えることができたんですけど、
今の子供たちが大人になって子供ができたときには、パノラマカーだけでなく、スーパーもいなくなって、前面展望のすばらしさを
乗って伝えることができないことなんですよ」
7001F:
「そうですね。3世代の人にかわいがってもらったので、ちょっとさびしいです。でも、名鉄の人たちは、前面展望は僕やデラックス、
スーパーで終わりとは必ずしも思ってないかもしれないですよ」
中京:
「というと」
7001F:
「ミュースカイのDVDで、「21世紀のパノラマカーを考えてみたい」(*6)って言ってましたよね?今は電車も各社共通で標準化されて
特徴がないって言われますけど、昔ドームカーや2階建パノラマカーを考えたように、名鉄の人たちは今も夢を持って車両を考えてくれています。
だから中京さんも夢を捨てないで欲しいんです」
中京:
「そうですね。私もDVD見ました。名鉄の皆さんも、日車の皆さんも、本当に自分たちの夢を託してるんですね。」
7001F:
「そうですよ。みんな僕に乗って喜んでくれているお客様の姿を想像しながら、毎日がんばってるんですから。中京さんだって、仕事している時、
時々家族の顔が浮かびませんか?」
中京:
「うん、そうかもしれません。じゃあ、あと少しのお付き合いですが、よろしくお願いしますね」
7001F:
「はい、1回でも多く、パノラマカーに乗ってください。待っていますね」

(2)名鉄名古屋駅にて

夕暮れの名鉄名古屋駅。
今日も、家路を急ぐサラリーマンやOL、学生がホームに並んでいます。
疲れた様子の人、友達と楽しそうにしゃべる高校生、iPODで音楽を聴いている人・・・

ふと見ると、豊橋方面の乗車口先頭に、小さな花束を持った初老の紳士が電車を待っていました。
この紳士は。。。。
実は今日無事、40年にわたる会社生活を終えたのでした。
ホームで電車を待つこの紳士、ほっとした顔をしたり、さびしそうな顔をしたり、何か複雑な表情です。
「さあ、明日から何をしようか。。。。」

そんなところに、電車が入ってきました。7000系7019Fでした。
「パノラマカーか。。最後だし、たまには展望席に乗ってみようか」
紳士は先頭の座席に座りました。
息子や、まだ幼稚園の孫とは休みの日に展望席に乗りましたが、通勤で展望席に乗るのは初めてでした。
ふっと後ろを見ると「日本車輌製造 昭和42年」の文字。
「そうか、お前も俺と同じくらい働いてるんだなあ。もうお前も引退するって聞いたなあ。。お互いお疲れさん、だな」
電車はトンネルを抜け、ビルの灯りの見える山王付近を走っています。
ぼんやり外を見ていると、今までの会社生活が目に浮かんできました。
取引先に怒られて頭を下げたこと、大きな取引ができ会社のみんながお祝いしてくれたこと、部長への昇進、
そして毎日名古屋の街を見ながらの通勤。
「そういえばお前は、何回も俺を乗せて会社に運んでくれたんだな。本当にありがとう」
思えば、こんな前の見える豪華な電車で通勤できることは、嬉しいことでした。
東京から出張で来た同僚が「お前こんな電車で通勤してるのか?うらやましいなあ」と何度も言ってくれました。
大きな連続窓から見える風景は、通勤で疲れた心や体を癒してくれました。
そして数字が大きくなるごとに子供のようにわくわくしたニキシー管のスピードメーター。
「時間ができるから、この電車が活躍してるうちに、何度も乗ってやろう。。。」
気が付くと7019Fは、ミュージックホーンを鳴らし神宮前に差し掛かったところでした。

(3)ある昼下がり
昼下がりの普通電車は、乗客もまばらで、どこかゆったりした時間が流れています。
7047Fは、犬山線の普通運用に就いていました。
新しくなった柏森駅から、お母さんと幼稚園くらいの息子さんが乗ってきました。
息子:「わーい、パノラマカーだ〜。ねえママ、まえにのってもいい?」
お母さんはにっこり笑いながら、「いいわよ〜。いっしょにお外見ようね」と先頭に座りました。
7047Fは発車。
息子:
「わー、スピードメーターあがってくよ。55、60、62・・・・」
お母さん:
「ねえ、○くんは、電車大好き?」
息子:
「うん、パノラマカーも、パノラマスーパーも、ミュースカイも、ぼくだいすきだよ」
嬉しそうに声を弾ませる息子。それを見ているお母さんも、本当に嬉しそうです。
お母さん:
「○くん、実はね。ママ、パノラマカーでお仕事してたのよ」
息子:
「え〜ほんとう?すごい、ママ。どんなおしごとしてたの?」
お母さん:
「そうねえ。車掌さんと言えばいいのかな?パノラマメイツって言ってたの。
お客さんの切符を見たり、放送したり。パノラマカーだけじゃなくって
デラックスやスーパーでも車掌さんしてたのよ。」
息子:
「へえ〜すごいや、ねえママ、ほうそうってどんなふうにしてたの?」
お母さん:
「恥ずかしいけどちょっとやってあげるわね。「お待たせいたしました。この電車は、名古屋方面、特急新岐阜行きでございます。
まもなく、新名古屋、名古屋でございます。名鉄特急のまたのご乗車を、お待ちいたしております(*7)」って感じかな?」
お母さんは、20年前にタイムスリップしたようでした。
「パノラマメイツになる」と言った時「男の職場に女が行って何ができる」と両親に反対されたこと、乗務初日に緊張してアナウンスの
声が震えてしまったこと、神宮前で乗務を終えた時降りるお客様が、「良かったよ、これからもがんばってね」と励ましてくれて涙を流したこと・・・
息子:「わ〜すごいや。ぼくおおきくなったら、ぜったいパノラマカーとかスーパーとか、ミュースカイのうんてんしになるんだ」
それを聞いたお母さん、「そうね。なれるといいわね」と笑いました。
でも、お母さんも、7047Fもちょっと複雑でした。
「この子が大きくなったら、もうパノラマカーもスーパーもいないのよね・・・・」
そう思うと、涙が出てきました。
でも今は夢を壊してはいけない、お母さんも7047Fもそんな気持ちでいました。きっとこの子が大人になるときは、また夢のある電車が走ってるはず、
そう思いながら、お母さんは息子を見ていました。
7047Fは上小田井に着きました。お母さん、息子ともお別れです。
息子:
「たのしかった〜。ねえママ、またパノラマカーにのりたいな」
お母さん:
「うん、絶対また乗ろうね」
そのとき、7047Fがお母さんに何か言っているようでした。
7047F:
「久しぶりに会えましたね。あなたのおかげで僕らも華やかになりました。今日は乗ってくれてありがとう。○くんの夢は、絶対かないますよ」
その声を聞いたお母さんは、パノラマメイツの時のように、1両1両頭を深く下げ、見えなくなろうとするときも深々と頭を下げました。(*8)

*1・・・3780系は1966年生まれ、7000系3次車は1967年生まれです。ということは私中京は1966年生まれです。。。。年だなあ
*2
*3・・・中京が小学校に上がるまでは、名鉄には普通・準急・特急しかなく急行はありませんでした。なので鳴海は準急までしか停まらず、パノラマカーに乗れることはめったにありませんでした。
*4・・・昭和43年に7025が出たときに、真っ先に中間車を取られてP4になりました。その後9次車が連結されるまではずっとP4でした。
*5   7025Fに行った中間車は、8800系8805F、8807Fが出たときに確か廃車になったんですよね。。。(違ってたらすみません)
*6・・・ミュースカイの日車夢工房のDVDで、専務の方が「車体傾斜装置をつけた特急車両を出していきたい」「21世紀のパノラマカーを検討したい」と言っていました。
*7・・・中京の大好きだったパノラマメイツの放送。新名古屋到着前は必ず言っていました。
*8・・・これも中京の大好きだったパノラマメイツの動作。一部指定席特急が出たころはなくなっていましたが・・・
 

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