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Toフクスケ☆

 投稿者:フナイミサ  投稿日:2005年 3月21日(月)01時30分5秒
編集済
  どなたか知りませんがいろいろと話のネタをありがとう。
日本画ならやっていけるという意味は経済的な話(崩壊しつつあるらしいですね)もあるでしょうが、作品の内容と言う意味ではわかる気もします。
たしかに例えば今、日本画の中で(特に東京において)ニューペインティングなどひと昔前の現代美術の焼き直しでしかないような作品を描いて評価されている方は多いです。なんだそりゃ馬鹿じゃないのと思いますが、実際評価する人はいるし、その方達はそれをやってそのジャンルもしくは団体の価値観として成立させないと次にいけないという現状もわかります。驚くべきことに日本の美術大学では、抽象は絵ではないという考えの教授がいまだにたくさんいるのが現実なのですから。ばからしい話で一歩日本画のジャンルから活動の場を移せば、その価値観はまったく通用しません。抽象表現やコンセプチュアル自体が終わりを告げて一回りしてその次へ向っているわけですから時代的にかなりのズレがあります。当然海外に出て評価されるわけもありませんが、彼らが発信しているのは団体の内側へ向かってなのだから関係ないようです。それだけ団体展や日本画というジャンルが確固たる物として存在していたからそういう事も起こっているわけで…。
一方、私は村上隆や奈良さんは海外で日本人アーティストとして評価されるべき仕事をして評価されていると思いますが、日本の現代美術業界の人の間ではあまり理解・評価されてこなかった部分があります。古くから現代美術に関わる人が「何であんなのがアメリカで受けるのかわからない」「あんな漫画みたいなの美術じゃない!」とかって怒っている話もよく聞きました。そんなとき私はこいつらアホかと思うのですが、彼らの仕事は確実に日本美術の特質の延長線上にあり、それでいていくつかの価値観を反転させる事により新しい価値観を生み出しています。ウォーホルやリキテンュタインやクーンズとかを理解したフリしているくせに同じ事が身近で起こると怒るんだなぁ~と滑稽に思います。それが解らない人(そういう方達は日本画と同じくらい滅んで行きつつあると思われますが。)は「現代美術」ってこういうものでないとっていう既成のイメージの枠組みをすでに作っているのが一つと、あと一つ、日本で現代美術にたずさわる人は古典からの日本美術を全く知らないからです。なのでそれを高度に駆使している作品の面白さが解らない。よく自分のルーツをセザンヌとか西洋美術のみで語ってる人がいますが、それでお前何人やねんと思います。
これは正に日本人が近代の芸術において西洋の後追いをして自分の国のアイデンティティを省みてこなかったことの現われだと私は思います。
平面を扱う美術の中にいくつもの価値観の枠組みがあってそれぞれがお互いを無視している。一つの国の絵画の捉え方に日本画・洋画・現代美術など「ジャンル」って、そんなものがあること自体特殊です。
なぜ今の日本の美術がこんなおかしなことになってるのかというのを考えると明治時代に行き着くわけで、その前や後につながってくるわけです。そこを洗いなおすのは決して無駄ではありません。日本画だけでなく現代美術・洋画など芸術に関わる人はもちろん考えるべき事ですし、自国の文化として日本人全員に知っておいてもらいたいぐらいです。「日本画って何?」って言うのは日本人の文化の問題なのです。
そしてそういう気持ちから私はこの展覧会に参加しています。(ちなみに現代の日本画というジャンルに関しては発表する意味を全く感じません。)
明治時代の日本画成立の話も様々な人によって繰り返し論じられている話で、自分の中で認識ができている人にとっては正直もういいよという風に思うでしょうが、村上隆や山口晃さんが活躍している現在、20年前の若者と今の若者では、同じ話をしても出てくる答えは違ってくるはずです。たとえば今20代の山下さんがこの事と向き合って一体どのように作品に昇華させるのかなぁというのは興味のあるところです。

http://

 


くだらないこともない

 投稿者:夏介  投稿日:2005年 3月20日(日)20時27分40秒
  村上、会田、気になりますねぇ。つくることもさることながら、見ることにも興味のある僕にとっては二人とも、映像も、インスタレーションも大好きです?。

先日金沢21世紀美術館のオープニング企画に滑り込みで行ってきました。
いや〜素晴らしかった。現代における美術館の役割を読みといたあの建物には子供からお年寄りまで人で溢れかえっていました。そしてもちろん作品がまた素晴らしい。
やはり絵画は少なかったのですが、美術は美術でしかできないことをすべき、圧倒的に美しくありたいという考えれば当たり前の思いに至りました。
時代に色気を見せている作品はえてして弱く(時代を追っかけるから)するどい直感、それに裏付けられた必然的な作品は強い(時代をつくるから)

リアルに自分の思いを話すと、僕の直感、選びとった技法、しょうがなく呼ばれるジャンルが時流にのったらいいなと思う。そりゃ〜売れたいし、語られたいし、いま必要なものとされたいよ。でももっと思うのは、流行りに流されないようなモノをしっかりと作りたいということ。それが時流にのるかどうかは時の運やね。

時流の話で言うと、我々は予め出来上がった歴史上に位置するわけじゃない。歴史とはいかようにも解釈可能だと思う。美術手帖が作りあげた歴史もあるし、椹木さんが書き直した歴史もある。おっと、その前に僕はここで生きている。歴史ってやっぱ点からの視点だから。

20年前の議論はそれまでを踏まえたものであっただろうし、僕たちも今までを踏まえるべく勉強しなくちゃいけない。ただどこでいつその歴史的事実と出会うのかなんて決めようがないし、僕は今その事実と出会ってる。
ただ福助さんと同様に思うことは、聞き飽きた議論で終わっていたらいかんのですよ、絶対に。

研究者なら研究で言葉で僕らを驚かしてほしいし、作家ならやはり納得できるモノをつくらないかん。

僕は実はみんなに分かってもらおうなんてあまり思ってないんです。作品が生活に溶け込むべきだともあまり思ってない。
金沢の話に戻るけど、あそこに来た人はけっして日常にはないビックリ!を持って帰ったと思う。そのビックリ!は作者の意図をこえてその人の生活の様々な部分に影響を与えると思う。ほんまにすごいモノって生活や時代に色気を見せているものじゃなく、次元の違うものだと思う。そうじゃなくちゃアーティストの居場所がなくなる。
それを多くの人に見せようという21世紀美術館の橋渡しの取り組みはすさまじいものがあったよ。

長くなったけど最後にひとつ。福助さんが作家かどうかは分からないけど、僕の実感として「日本画」だから生きていけるということはないですね。逆に損ばかり...
僕が団体展に出品していない、典型的な日本画を描いていないということもあるでしょうが、僕にとって「日本画」とは色目をつかって得する相手ではないです、間違いなく!

http://www.sukima.org

 
お得なプロバイダーとくとくBB

福助さんへ

 投稿者:雅人  投稿日:2005年 3月20日(日)19時33分30秒
編集済
  貴重なご意見ありがとうございます。拝察するに書き込みの中で岩絵具や「日本画だと食える」と言ったことに言及されるところをみると福助さんは日本画をされているか過去にたずさわっていた方なのではないでしょうか、そうだとすれば話は早いと思うのですが。かく言う私も25年近く日本画なるものをやってきましたが、その間、様々な研究者が日本画の成り立ちから問題点、今後について論じたものを目にしてきましたが、私自身大学のときも団体に所属しているときも描き手同士がそのことについて真剣に論じ合うことはほとんどありませんでした、いわば思考停止状態と言っても過言ではない状況でした。このことこそが現在の日本画を閉塞状況に追い込んでいる要因の一つになっているのではと思うのです。今、研究者だけでなく描き手も伴にもう一度日本の絵画史の流れをみつめ直し、素材、技術、制度、も含めて論じ合うことが必要なのではないでしょうか。そうすることが、くだらないとかスケールが小さいなんて微塵も思いません。 追伸 僕としては村上隆より若沖の方が面白いし、会田誠より華岳の方がロマンを感じるけどなあ、古い新しいじゃなくて。それと「日本画やったら食える。」って認識は浮き世離れしてますよ。  

必殺連続書き込み

 投稿者:太郎  投稿日:2005年 3月20日(日)16時42分4秒
  次ぎに企画者の立場として。

福助さんのような問題提起の書き込み本当に感謝します。
もっと外からこういったツッコミがあってしかるべきなので、ご意見のある方はご遠慮なくどうぞ。

福助さんに少しだけ反論。(またも詭弁に聞こえるかもしれませんが。)

>美術全体の中では大して新しいものではないのに日本画だとそれでも生きていけるから。

というお言葉。確かに私も常々感じていることではあるのです。ですが。
では村上隆や会田誠が新しかったのかといえば「現代美術」の立場から見れば新しかった、としか言い様がないと思うのです。
彼らがやったことというのは日本美術史の中でみればすでに散々やられてきたことなのです。(また彼らが模倣したオタク文化の中ではさらにえげつなくやられてきた。)
日本美術からいえば新しくもなんともない。
本歌取り・見立て・古典から学ぶこと・フラットな表現。そういったことをオリジナルを重視する現代美術や陰影表現が当たり前の西洋式の美術界に持ち込んだからこそ「新しく」見えた。
商売というのは、そのものが珍しくかったり少なかったりする国に、そのものが大量にある国から持ち込むと上手くいく。(例:資源の少ない日本には資源を持ち込み、製品の少ない国には日本から製品を輸出すると良い。)
村上隆は大量輸出をやった。日本美術から現代美術(もしくはサブカルチャーからメインカルチャーに)。さらにオタクやスーパーフラットが珍しい欧米に日本から。それを意図的にやった。(※浮世絵版画が印象派に刺激を与えたことは有名ですが、あのときは意図的な輸出ではなく偶然そうなった。)

ですから商売人としての彼の才覚はすばらしいと思いますが、現代の問題の本質をついているかといえば疑問だと思うのです。

「20年前の議論」?
けっこうじゃないですか。そのとき私は10歳です。リアルにその問題について話せていない。
もしこの問題が解決ずみなら議論にすらなりませんが、問題は未解決・未整理なのだから、20年前からの議論だろうと100年前からの議論だろうとなんどでも繰り返し、「今」の問題として議論していけばいいと思うんです。

さしあったって、この企画では「日本画」ということを考えてみたいのです。ですから人選を間違えたなどと思っていません。今回の企画に関していえば今の参加作家でしかできないこともまだまだ沢山あると思います。もちろんこういったツッコミに答えることも含めて参加作家には考えてもらうことも多いとは思うのですが。

http://www.h7.dion.ne.jp/~nipponga/

 

福助さんにお返事

 投稿者:太郎  投稿日:2005年 3月20日(日)14時03分27秒
編集済
  現場の作家の声をということでしたので、企画者としてではなく一作家としての考えを書込みますね。

私が作家活動を真剣に考えだしていた大学生のころの話しからはじめます。

福助さんのおっしゃるように、そのころ「村上・会田・奈良(すんません敬称略)」などが注目されていて、一方大学の中もしくは卒業してまもない先輩作家達の間ではインスタレーション・映像をやることが尖端という風潮でした。
私も若いころ(今でも現代美術という分野で発表していますが)もっとバリバリの現代美術っぽいことをやりたい時期がありました。
でも、自分でそいういうことやってみたり、周りの人がやっていることを見ていくうちに、それこそ「これって一般(美術やってない人という意味で)の人が見て本当に面白いんだろうか?」と疑問を持つようになってきました。
流行っていたからなのでしょうが、インスタレーションや映像の作品って私自身が面白く見れないものも多くあったのです。(というかそいうものの方が多かった。)
またそういった現代美術特有の表現をやっていく自分にあまりリアリィティーを持てなかったことも事実でした。(「日本の現代美術は西洋の借り物だから」という論理武装もできなくもないですが、たぶんこれは私の個人的な好み・性癖でしょう。)

では、ひるがえって日本画を見たとき、これもだいぶおかしなことになっている。

そんなとき、なんでこんなことになったかを調べていくうちに前近代と近代の裂け目とねじれみたいのものが気になってきました。福助さんは歴史はあまりお好きではないようですが、やはりねじれた大元を考えることも必要になってくる。それこそ、フェノロサや天心の時代ですね。ここの部分を押さえないと逆に現代の日本の姿が見えにくくなると私は思っているのです。
それこそ日本はオタクとサブカルとスーパーフラットだけの国になりかねないです。

そんなことを考えている自分に何ができるか(作家としては作品で語らねばならないので)といったときにたどり着いたのが今の自分の作品なのでした。

長くなってしまったので私のことはこれくらいにしますね。

http://www.h7.dion.ne.jp/~nipponga/

 
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福助さんの書き込み

 投稿者:太郎  投稿日:2005年 3月20日(日)12時59分47秒
  「弱BBS」の方に福助さんという方が書込んでくださいました。
なかなかきびしいご指摘だったのでこちらで展開したいと思います。

以下福助さんの書き込み内容です。

『くだらない 投稿者: 福助  投稿日: 3月20日(日)01時35分49秒

なんか天心だとか狩野派だとか団体展だとか大昔のことばかり話題になっててくだらないですね。20年前に議論していたことが今も変わらず繰り返されている感じですね。そんな話はもう聞き飽きたというのが正直な感想です。美術史の研究者ならまだしも制作している現場の作家の言葉が聞きたいものです。団体展との関係くらいしか出てこないっていうのがスケールが小さすぎますし、一般の人が見てもまったく興味持てないでしょう。その辺の話はすっとばして、多分出てきそうな岩絵具の魅力だとかアニミズムだとかもすっ飛ばして現在の状況を真剣に考えてほしいものです。大体、村上隆や会田誠も話題に出てこないし、映像作品やインスタレーション作品が隆盛の現在の美術の世界で日本画の進むべき方向をそれぞれの作家の制作からでた考えを見ている人は聞きたいのではないかと思うけど、たぶん無理かな。坂内さんという方がアンケートで書いている「あなたにとって日本画とは何ですか?」という質問の答えが 「将来生活するための糧」というのが日本画をあらわしているんです。美術全体の中では大して新しいものではないのに日本画だとそれでも生きていけるから。 どの人の発言も詭弁にしか聞こえないですよ。人選間違えたんじゃないですか?』

http://www.h7.dion.ne.jp/~nipponga/

 

団体の寿命

 投稿者:太郎  投稿日:2005年 3月20日(日)00時42分58秒
  団体や美術の運動に寿命があることは私も感じます。

今回の「日本画ジャック」もとりあえず一回こっきりの展覧会にしようと思っているのはそのためです。
既存の日本画の団体は存続させることに力点の多くがおかれていて、良い作品を生みだすということにあまり助けになってないんじゃないかと思えるんです。

この展覧会は一回だからこそ密度のあるものにしたいですね。

たった一週間の展覧会のためにこのBBS作ったり、立派なホームページ作ってもらったり、それぞれがブログつけてみたりしている今の状況もかなり普通じゃないかもしれないですけどね。

http://www.h7.dion.ne.jp/~nipponga/

 
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ひとり夜話

 投稿者:山下和也  投稿日:2005年 3月18日(金)23時43分48秒
  団体という言葉をあえて使ったが、その意味合いは様々に受け取れよう。雅人3さん(?)は具体的な日本画の団体、グループ名をあげて話されたが社会的権威等はともかくとして、団体というのは旬や寿命があるなと思うわけです。発足、最盛期、再生期等のエネルギーがあるとして、常に最盛期であるというのは難しい。それは前述の日本画に問わず、レンブラント派、印象派、未来派(青騎士)、シュールレアリズム、ユーゲントシュティール、アルテ・ポーウ"ェラ、フルクサス、アーキグラム、もの派、具体美術、デモクラート、ネオダダイズムオルガナイザーズ…
自ら名乗れば、外から名付けられもする。工房もチームも個人活動、潮流的なものもある。
その活動が短命であれ、時代や社会に確実に意義を生みだし、語られ、次代に何かを繋いでいる事を注視する必要はあろう。(イギリスのsensation展もその一度の展覧会の意義は深い。)
長命が美徳ではなく、いかなる意味を生み出したかがその価値をもの語っている。逆に生みだしえないまま終われば、栄枯盛衰もなく、世にもでない…。
 

団体展今昔噺

 投稿者:雅人  投稿日:2005年 3月17日(木)19時41分7秒
  戦前、戦後の団体展の決定的な違いは、社会的権威の違いだろう、たとえば現在の日展と比較して戦前の帝展、文展の社会に対する影響力は絶大なもので、入選すれば新聞の社会面に大々的に取り上げられ、作家として一人前と認められるという状況があった、一方残念ながら今の公募展に入選、さらに受賞を1〜2回したところで即作家としてやって行けるという保証があるとはいえない。それと戦後の団体展の特長として公募展とは別にパンリアル美術協会、ケラ美術協会、「これが日本画だ!」、从会、横の会と言った互いに認め合ったメンバーのみで行う形態が生まれたことが上げられるだろう。戦前においても国画創作協会の前段階の「仮面会」等のグループ展はあったが、小規模で継続性は無かった。私見だが国画創作協会が公募の形態をとらず、創立メンバー(波光も加えて)のみで行われていたらもう少し長続きしただろうし、あとに続く若者も混乱せずに済んだのではないかと思う。創造美術の旗挙げのとき、上村松篁をはじめとする京都側の作家は公募団体にすることに抵抗があったようだが、後進を育成するという理由に同意したのである。私は彼らが難色を示したのも解るような気がする。彼らが当時の日展を許せなっかったのは審査が情実のまかり通る派閥の論理よるものであったところで、公募展という作家が作家を選ぶ形をとれば、いつかは同じ道を辿ってしまうことを危惧したのだと思う。現にケラ美術協会は新制作の情実的な部分、ことに日展同様の下見会をすることに疑問を感じて結成されたのだから。  
ケータイで撮った動画を掲示板に投稿

つづく、たわ言

 投稿者:山下和也  投稿日:2005年 3月16日(水)21時12分28秒
  日本画の団体…明治以前に遡れば狩野派や円山派等、もっと遡れば宅間派等。それらの団体は流派としてカラーを持つ事で仕事を得てきた。狩野派という団体はまさに商業絵師企業として、富裕層(この時代は武家社会であるから、将軍や城主が主なターゲット)のニーズに対応してきた。狩野派は絵で地位と生計を得るためになんでもしてきた。後追いしてくる絵師企業との闘いは実にドロドロしたところがある。他流派も鷹、虎、龍等の専売特許のモチーフ、あるいは筆法を持って富裕層(武家もそうだが、寺社が主なパトロン)の指示を得るのだが、江戸時代は購買層が増えたので町絵師や地方画家も増える。(商人等の町人もターゲット化する)

明治以降を考える…国が官展をつくる。国が主体となって行うこの展覧会には日本を文化立国させるための目的がある。国が行う全国規模の展覧会で審査があるのだから、それで賞でもとれば日本トップクラスの画家というハクがつく。それはそれは審査員の先生方にお近づきになり、可愛がられたい訳です。審査員の価値感にそわなければ落とされる。それで不公平な問題も多々おこる。日本美術院が生まれ、国画創作協会が生まれ、創造美術(後の創画会)が生まれ数々の団体が生まれた訳です。

さて明治以前と以後の団体、そして現代の違いと共通点とはいかなるものかな…
 
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