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お久しぶりです。

 投稿者:岡本真紀子  投稿日:2005年 4月 5日(火)15時08分14秒
  ここBBSでは、お久しぶりです!この前の日曜日はみなさんにお会いでき嬉しかったです。
どんな風に勉強会(話し合い)が行われているかも分かりました。

先週の火曜日にLAに帰っていたのですが息子の体調が悪く、私自身何も手に付かない状態でいましたので書き込みが今日になってしまいました。失礼しました。家庭を持つと特に女性は制作を続けるのが難しくなりがちですが、ま、それもこれも含めて人生経験が絵を形成すると思うので自分のペースでやっていければと思っています。時間を掛けたからってよいものが出来るとはかぎりませんから・・。
・・とは言うものの、あと2ヶ月なんですね。焦りはじめないと!

因みに、
私が習った先生は、中野弘彦先生・大野俊明先生・河村卓見先生です。
かなり異質な絵を描いていた私を「もっとやれ、そらやれ、どんどんエスカレートして!」と温かく見守ってくださり応援してくださりました。いい先生に出会えて自分は幸せもんと思います。

では、次の方どうぞ。
 


日本画考

 投稿者:夏之介  投稿日:2005年 3月31日(木)01時15分29秒
  展覧会まであと2ヶ月なんやね。完成済みだった屏風の裏面も見せようと考えだしているのでちょっとあせります。新入生を迎える4月は鬼のように忙しいはずやし...

さてさて、菅原さん直系の後輩として、けっしてあなたは縄にはひっかかってないという意味も込めて(笑)自身の出発点を。

僕が京都芸大に入学した頃(1993年)にはもう既に山岸純先生は退官しておられました。日展の作家先生もおられましたが、大物!カリスマ!!なんていうイメージではなく、合評会に立体作品なんかを出してしまう僕のことなんかも暖かく見守ってくれる「父」のような存在でした。
じゃあそれがよかったかというとそうではなく、もっとおさえこんでほしいと日々感じていました。怒られること覚悟でやんちゃしてるのにほっとかれる。この合評会での評価基準って何だとは思っていました。この評価基準こそが京都市立芸術大学日本画専攻の価値観だと思うんだけど。それよりは一番遠い存在だと感じていた上村淳之先生の花鳥画の考え方の方が一本筋が通っていて気持ちよかったことを思い出します。

で、菅原さんのいう自身にとっての京都画壇の流れを探しにいったこともあります。七条に旧校舎が一部残っているのですが、ここをのぞきに行った時にはやはりある感慨はありました。ここで数々の歴史に残る先輩たちが学んでいたんだな、オレもここで描きたいなと!しかし沓掛に戻り、元墓場と噂される、コンクリート造りの校舎で描いているとすぐにそんなことは頭から吹っ飛びましたね..

それよりなにより一番インパクトがあったのはやはり小嶋悠司先生の存在ですね。テンペラもロダンも造形志向もイタリアも先生に学んだ気がします。
僕たちが「地面」を描いている時に洋画専攻の同級生は「マチス週間」だなんて騒いでいるわけですよ。血気盛んな20代があせらないわけがない。
そんな時に京都市内で小嶋先生の個展(鉄斎堂やったかな?)を見に行ってやっと呼吸できる感覚がありました。小嶋先生からは秋野不矩さんの話をよく聞いた覚えがあります。創画展に初入選時に車椅子の秋野さんと握手をしたときにもやはりある感慨はありました(自身の系譜とまではいかないが)なので京都画壇というよりは新制作から創画展への流れの方がリアリティーを感じます。
後年、秋野さんの「画塾に反旗を翻した私たちのほとんどが芸大に入り、そこを画塾にしてしまったのかもしれない」という主旨のインタビューを読んで深く納得しました。
芸大には画塾アレルギーがあるのかもしれない。

あと4回生の頃かな、京都造形から小池一範先生がやってきました。この人は頭がいいんでしょうね。日本画家にありがちな印象批評ではなく理論立てて説明してくれて「あ、日本画をこういう風に語っていいんだ」という当たり前のことを気づかせてくれました。歳も近いだけあって「日本画」なる悩みが似ているような直感がありました。

もう一つはメディアを通しての大きな影響があるのですが、また今度に。

最後にある方が言っていました。
「本気でニカワの濃度で絵が変わると信じている先生からニカワについて教わった。それのない今の日本画生は不幸だ」と。

http://www.sukima.org

 
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なわとびヒッカケ魔の提案

 投稿者:菅原布寿史  投稿日:2005年 3月29日(火)17時57分39秒
  いや、タイミングの問題ではなくて、なわとびの例えで先日お話したように、”おはいんなさい”といわれて入っても、僕は縄をひっかけてしまうのが問題やっちゅうの。つまり、ぼくはなわとびが出来ないとの同じで(も、もちろん一人でやるやつは出来ます)、BBSで何を書き込むべきか、もひとつわかってないということです。

でも、”熱く語っていた”という表現は、ようするに”何を喋っていたのかよくわからなかった”ということでもある思うので、理解促進の為、足で縄をひっかけながらでも書き込もうかと思います。

要は、自分の出発点に立って日本画を語ってはどうか、ということです。福助氏のなんでいまさら天心、狩野派なんだよという御意見と関係あるのですが、例えば東京芸大に在籍することは、平山郁夫、かつては東山魁夷とか所謂国民的画家が先輩なり教員なりでいて、日本美術院があり天心に直結する系譜と権威、さらには皇国ニッポンという歴史性、政治性等をリアリティーとして感じるということであってもおかしくない。そしてそれゆえの、合田氏の作品なのでしょう?村上氏は”平成の狩野永徳”といったところやけど、商業性と政治性を兼ね備え、集団での作品制作という発想は狩野派の流れを汲まない関西の美大の日本画ではなかなか生まれ得ないといえます(勿論両者には東京という街の現代文化のバイブレーションが背景になっているのはいうまでもない)。逆に東京芸大でも日本画でもないけど奈良氏のような内観的(というかサイコ?)な作品は、関西の美大生でも共鳴する作風のひと多いんやないでしょうか?事実メンバーの岡本さんの作品は良い例という気がします。

ところで、日本画ジャックの主要メンバーの”団塊Jr.年長組!?”より10歳くらい年上の私は、80年代を学生として過ごしたわけやけど、大学院の担当は山岸純という日展作家で、その先生は徳岡神泉、さらにその先生は竹内栖鳳というようにたどっていけば、ああ円山四条派に辿り着くんやなという漠然としたパースペクティヴ(これ自体いい加減なイメージではあるが)があった。つまり、天心も大観も院展も狩野派も存在しない京都日本画壇という系譜がそれなりのリアリティーとしてあったわけです(このことは近代日本画の問題が明治の近代化だけにあるのではないことを示してもいる)。それに対し、日本画ジャックのメンバーの大半を占める団塊Jr.年長組以降の世代の皆さんは京都画壇の存在のリアリティーなど全くないらしい。そこで日本画を語る為にテキスト調べて、リアリティーのさらに希薄な天心だのフェノロサだのを引っ張り出してきた。でも、そのパズルどうかんがえても皆さんの立ち位置につながりそうにない。

というわけで、京都画壇というやつは、メンバーの皆さんにとって滅んだどころか歴史にすら存在しない。しかし、そのことを批判したいんやない。むしろそれこそが皆さんの立ち位置でしょ?そこで提案の話に戻りますが、抽象論でなく皆さんの日本画原体験(特に学生時代教わった先生や所謂日本画壇でがんばってる友人や先輩後輩)など身近なところから自分と日本画を語ってはどうかということです。山本君のいう”場所・時代と表現は切り離せない”はそういうことでしょ?日本画と接した原体験はやはり学生時代。当たり障りのない抽象論よりもうちょっと各自の立ち位置が見えてくるのでは。皆さんなら気兼ねせず気楽にできることやと思うんやけど。既にやっている人はいいとして、展覧会まで二ヶ月あまり、そろそろ僕をはじめ書き込まれてない皆さんにも語り始めていただくというのはどうでしょう。

最後に、先日の集まりは、岡本さんの帰国を期してで、岡本さんのはなしをいろいろ聞きたかった人もいたはずなのに、私が掻き回してしまったようで申し訳ないです。完全に縄ひっかけてしまいました。
 

本当の日本画

 投稿者:企画者・山本  投稿日:2005年 3月28日(月)23時13分49秒
編集済
  「日本画を変えてやる」という変な気負いなしに、自分のインスピレーションで描いたものが結局今の日本を表す本当の意味での「日本画」になっていくのだ、
という船井さんの意見。結構リアリティーあると思います。
「日本画」というものを肯定するにせよ、否定するにせよ、どちらでも良いと思うにせよ、今自分が住んでいる場所・時代と表現は切り話せないのだと思います。
今、日本という国に住んでいて、そこで切実に生みだされる表現はある意味で「本当の日本画」なのだと言っても良いのかもしれません。
その意味ではこの企画は参加作家がそれぞれの本当の意味での「日本画」を提案する場でもあるとも言えます。(例えそれを「日本画」と本人が呼ばなくても)。

ところで、「弱」の方にも書きましたが、日曜日に岡本さんの帰国に合わせて参加作家が集まりました。
今回は勉強会という形式ではなかったのですが、菅原さんがかなり熱く語ってくれていました。この企画自体の意味・最近のBBSへの不満など。
「菅原さんもBBSにそういった意見書込んで下さいよ」とみんなが言うと、
「なんだか入るタイミングを逸してしまって・・・。」とのこと。
タイミングは今ですよ、菅原さん!
日曜と同じ熱いテンションで書き込みお待ちしております。

http://www.h7.dion.ne.jp/~nipponga/

 

どうも!

 投稿者:フナイミサ  投稿日:2005年 3月27日(日)10時54分9秒
編集済
  おや!私は三瀬君は「おれは日本画を変えてやる!」と熱く語るかなと思っていました。
そういう感じではないのね〜。ズコー。
いやしかし本人も言うようにAB型だからわかんないな。
小泉首相もAB型だし。
今は熱く思いを語るのではなくて、
こういう人がのらりくらりと人をかわしながら体制を変えていくのかもしれません。(笑)

ところで私も、強く感じたインスピレーションって最も大事だと思います。
三瀬君にとっては今富士山とかUFO、私は細胞とか卵巣とか描いてますが、体裁にとらわれずに無意識の深いところで純粋に抽出したものって、実は一番的確だったりして、今に生きる日本人のことをそのまま表している。そういう意味でほんとの日本画だと言えると思ってます。
 
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地獄にて。

 投稿者:夏之介  投稿日:2005年 3月25日(金)20時50分9秒
  今「富士山」を描いてます。なんでか?色々言葉にできるかもしれないけど、ほんまは今オレが「富士山」を描かなくてはいかん!という直感です。
仕事の合間をみて、しかも2メートル50×6メートル50センチなんていう扱いづらい大きさに挑んでいるわけですが、普通しませんよね、こんなしんどいこと。でもそれだけにこの直感って信じれるんです。意味のあることばかりじゃ疲れちゃいますよ、この社会では。だから意味のないことだけども、こんなに僕を駆り立ててくれるものがあるだけで幸せだと思うんですね。

もう一つは「UFO」の絵を描いてます。昔から時々目撃したり、なんか気になるんですよね。ネッシーも心霊写真もUMAもフライングフィッシュも黒又山(分かる?)も気になる。
で、先日筆を入れていると、ある生徒がフラリと側によってきてこう言ったんです。
「先生、これって地獄の風景みたい」
って...
電気が走りましたね。まだどういう関係なのかは分からないけど、僕は地獄を描いているのかもしれないって。

なんて最近制作で思うことを書き連ねてみても分かる通り「日本画関係ないじゃん!」ということなんです。
実は僕は「日本画ジャック」では自分の中の「日本画」の幅を広げたいということで参加しています。僕の中には色んなやりたいことがあって、その中のひとつが「日本画」であって、それ以外の相反するものも矛盾なく僕の中に収まっています。
そもそも自分のことをかなり分裂しており矛盾に満ちあふれていると分析しているので、しかもAB型やし。

だから「日本画ジャック」では日本画よりの発言をするので船井さんにそう映るのかも。でも次の日にはそれとは反対することを言ってるかもしれません。
たくさんの自分でも把握しきれないくらいいっぱいのモノを詰め込んでそこでびっくりするくらいの科学反応が起こることを期待してるんです。


「日本画ジャック」のように、ある旗を立てて振り回すのってほんとは正直しんどいよね。あるメッセージだから賛同者もあるだろうけど、攻撃される恐れもある。ひとりでやってる方が角がたたなくていい。
でも基本的に表現って角がたつもんでしょ。たとえ優しい表現であったとしても角はたっているはず。モノを生み出すってことはある意味ごう慢なことなんだと思う。
でもそこを恐れずメッセージをこの時代に生み出す。

僕は太郎くんのその勇気についていきますよ。

http://www.sukima.org

 
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想い・思い・お、重い

 投稿者:太郎  投稿日:2005年 3月25日(金)02時30分18秒
  重いのは船井さんの書き込みのせいですよ!(笑)
みんながパソコン使うような時間は特に開かないですね。この掲示板。

さて、隠しても仕方ないので自分でも書いてしまいますが、船井さんのご指摘のように、私は個人的には今のいわゆる「日本画」があまり好きではありません。
時間があればそういった展覧会の会場にも足を運ぶのですが、なければ無理に見に行ったりとかはしないです。
(※これは一作家としての立場でこの「ジャック」の企画者としてはもう少し中立な立場にいようと、少し努力してます。)

でも、いわゆる現代美術というフィールドにすごく満足しているか、と聞かれれば、そこにもまた少し違和感を感じています。
こう書くと「じゃー、どうしたいねん!」ってツッコマれると思うのですが、正直そう感じているんだから仕方ない。
一応絵を描いて生きていきたいので、とにかく今は自分なりにこの美術業界での居場所を探しているところです。

私の中ではこの展覧会もそのためにあるのだと思います。
まず、色んな意味で立ちはだかる「日本画」ってものをもう少し自分の中で整理して把握したいのです。
(なんども書くようですが、これは「作家・山本太郎」の立場ですよ。この企画だと私の中に企画者と作家、両方の立場があるのでなんだかややこしいように見えると思います。)

http://www.h7.dion.ne.jp/~nipponga/

 
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 投稿者:フナイミサ  投稿日:2005年 3月24日(木)23時43分51秒
  このBBSすごく重くなってきましたね。なかなか開けへん...。
ところで最近何人かの人に「今度日本画の展覧会やるらしいですね」「なんでいまさら?」みたいな事を言われたのですが、「日本画ジャック」って言うタイトルのせいか、日本画をのっとろうとしていると言うイメージで受け止められている気がします。(私はのっとるつもりはまったくないです。)
なのでフクスケさん(口の悪さを除けばけっこう鋭い指摘なのでおそらく日本画について真面目に考えている人だと思いますが)とかも、新しい日本画を提唱するならちゃんと自分達の意見を言えよみたいな風に思われたのかもしれません。
各自の立ち位置をはっきりさせて、お互いが突っ込みあった方がわかりやすいかもな〜と思いました。(ちゃんとHP読んだら解ると思うんですが。)
私について言っておくと、現在の日本画については今はもうあまり興味はありませんし、日本画界を変えてやる!!とも全く思いません。解りやすく言うなら「現代美術」と言うフィールドで作品を発表していますし、これからもそうだと思います。ただ自分の血肉の中に「日本美術」は大きく存在していて作品にも色濃く反映されています。
今の日本画は日本画でその枠の中でできることを皆さん本気でがんばってるし、いいんじゃないの?と思います。若い頃は違うことを考えていた事もありますが、今はそう思います。
皆が同じ価値観の絵を描く必要はない。
それは、皆が具象の風景画を岩絵具で描かなくてはいけない事は無いのと同じく、全員が前衛をやるべきでもないと思うのです。今ある日本画をやりたい人はやればいいと思うし、新しい事がしたい人は自分のフィールドを作ってそこでやればいいと思う。
サッカーコートでおれはラグビーやりたいねん!!っていってるようなもので。
アイデンティティの話とは逆行するけど、趣味嗜好で細分化されるのはいいと思う。
場所を選ぶのはその人の資質で、隆盛は時代が決めていくと思います。(私は個人的にはこれから「日本画」と言う価値観は役目を終えて廃れていくと思います。)
ただ、どちらにも優劣は無いような気がします。
問題はそれにそれに気づかず自分の価値観を押し付けて他者を黙殺してしまう人がいることで。それは違うやろ、ちゃんと捉えようよっていうことです。前回の書き込みにつながりますが、今回の「日本画ジャック」は、多くの人にそこを気づいてもらうきっかけのための展覧会だと思うのですが。
私はそのような認識で参加しております。
そして、ただの「日本画つながりお友達展」では全く意味がありません。
他の皆さんはどのようにお考え?参加者でも全く違う考えの人もいるかもしれません。
三瀬さんや雅人さんは、私や太郎さんよりも、日本画という言葉の中に居る気がします。
太郎さんはけっこう今の日本画自体を否定しているような気がします。
山下さんはまだ考え中で答えは見えてないのかな...。
 
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Re:Japan

 投稿者:山下和也  投稿日:2005年 3月23日(水)22時51分32秒
  フナイさんが言う『「日本画って何?」って言うのは日本人の文化の問題なのです。』という事、私もそう思います。でなければ向きあう必要は私達にはないでしょう。
今、世界中で日本文化が注目され、ネタの宝庫とれ、パクられている中で、外部からの視点ではなく、内部からの日本文化に対する視点がもっとあっていいと思っています。伝統的な日本文化と生活文化が遠くなりつつあった現代に、海外からの影響とはいえ日本人が日本文化を見直していく契機を得た事はとても良い事で、欧米人ではなく、現代日本人が日本文化を見直して生まれてくるものに意味があると思います。
文化の生まれるの背景には時代や社会等複雑なものがある。自国の歴史の成功も失敗もちゃんと理解したいのです。
団体というたわ言には欧米や日本の前衛の名もあげましたが、それらはまた現在に多いコラボレーションやユニットとは違うソロではない活動で、そうした中で村上隆さんはヒロポンファクトリーから有限会社カイカイキキを作ったところが面白いなと思います。
特にカイカイキキになってからはキャラクター製作とグッズ販売会社ですから(笑)最前線で欧米人と日本のポップカルチャーや手法のパクりあいをして闘っている。あんな人何人もいりませんよ。後追いは無駄やな。
福助さんは過去の日本画の話は聞きあきたというぐらいですから、いろいろご存知なんでしょうね。是非、福助さんオリジナルの見解を聞きたいものです。
 
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20代の私

 投稿者:山下和也  投稿日:2005年 3月21日(月)20時17分57秒
編集済
  先日21世紀美術館に行ってきました。ちょうどヤノベケンジさんの子供都市計画ってイベントをやっていて親子連れがわんさか!元気に走り回る子供達と親ばか全快で写真撮ったり追いかけている人達を見てふと癒されたりして・・・。個人的には内覧もパビリオン巡りをしていたテーマパークラッシュの時代を思い出し、懐かしかった。
久々にbbsを覗くとたわ言が膨らんでいた。
福助さん書き込みありがとうございます。おかげ様で最近少なかった出品作家の書き込みがあって、してやったり(笑)私も思いますよ,聞き飽きた議論で終わっていたらいかんのですと。日本画ジャックは日本画について考えるための企画展です。ですから古くさろうが新しかろうが疑問があればそれについて考えてみる。考える事には意味があると思います。20年前の聞き飽きた話と言いますが,当時小学生の私にとってはなんか今再編されたテキストを読んでも,その帰結に多少違和感を感じるのです。たとえば私とひとまわり以上年の差のある雅人3の書き込みの反応は私の視点や観点とはちょっと違うな〜なんて思ったり,そこが面白かったりするのですが・・・。現在の40,30,20代の作家があえて再検証する事は,また違った意味がある気がします。
たとえば,雅人3が20代の時代の日本社会における団体の意味と今の20代である私にとっての社会における意味は全然違っているのだなと,時代の証言者の話を聞くかのように聞く事もあります。今の20代の日本画家は日本画団体なんて平気で無視できます。意味ないんじゃない?って正直思います。それでまた話を研究者や作家が勝手に日本画を終わらせても未だ存在している。表現の在り方はともかくとして,私には同時代美術として日本画の作品にも現代に生きる作家の姿がみてとれます。映像世代だなと思う感性やアニメーションの影響を作品から感じたりします。ただ,基本的に受身であるとは感じますが,それに対しても考えようかな・・・。新しいから感動するわけでもないし,古いから懐かしい訳でもない。だから私は新しいものと古いものの間を行き来しながら考える。

古典のなかにスピリチュアルなものや憧憬を覚えながら,現代美術に懐かしさを感じる不可思議な20代の私。
 
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