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Re: 卒倒三題

 投稿者:Ichiro  投稿日:2009年 8月 2日(日)17時32分48秒
返信・引用
  > No.4476[元記事へ]

リベルさんへのお返事。

  素晴らしい観察ありがとうございました。

 卒倒とは、小生はあまり使いません。老健に長くいますと、転倒といいますが、意味が違いますね。
 Fagetは病気(心の病気かどうか不明)になって、転倒して死亡されたようです。
 また、いろいろな人の話でも 転倒でなくなる人の話を聞きます。
 ちょっと変な感想でごめんなさい。
 Ichiro
 

卒倒三題

 投稿者:リベル  投稿日:2009年 8月 2日(日)00時47分50秒
返信・引用  編集済
  1)朝日新聞の1日の夕刊に「規矩ある生と出会う」と題する久木綾子さんのインタビューが出ていました。89歳で「見残しの塔 周防国五重塔縁起」を書いて作家デビューなさったという。若いときから小説を書いていたのが「穏やかで波風を立てない夫が唯一口にした不平めいたことです。聞いてあげなくちゃ、と思いました。」と中止なさって以来45年間書かず、ご主人が亡くなられた後、70歳で瑠璃光寺の五重塔を見て「あの世が透き通って見えた」ので取材14年、執筆4年、書き上げられたという、その間建築を知るため1年間大工の棟梁に弟子入りしたとも。このお話には恐れ入りましたし又元気づけられましたが、卒倒はしませんでした。

卒倒しそうになったのは高校生の頃でしょうか幸田露伴の「五重塔」を読んだときです、以後宮大工という仕事を特別な目で見ています、憧れの目で。規矩というのは「コンパス」と「ものさし」のことだそうです。論語で「七十にして心の欲するところに従いて 矩を越えず」の「矩」です。「規矩準縄」の「準」は「水盛り=細長い角材の上に溝を掘って水を入れ,傾斜の度を測る(大辞林)。今風に言えば水準器でしょう」、「縄」は「墨縄=木・石の表面に直線を引く道具。一方に墨つぼ、一方に墨糸を巻いた車を置き、引き出した糸の先にある小さな錐を何かの一端に固定させ、糸をぴんと張ってはじくようにすると、直線が引ける(新明解)」。コンサイスカタカナ語辞典が面白いです。

[出典] 〈孟子・離婁(りろう)上〉

手本。標準。法則。「規」はコンパス。「矩」は曲尺(かねじゃく)、直角に曲がった物差し。「準」は水盛り・水準器。「縄」は墨縄(すみなわ)、直線を引く道具。

[原文] 「聖人既(すで)に目の力を竭(つく)し、之(これ)に継(つ)ぐに規矩準縄を以(もっ)てし、以て方員(ほうえん)平直を為(つく)る〔上古の聖人は自分の目の力を十分に用い尽くした上で、さらに規・矩・準・縄を工夫して用いたので、正方形・円形・平面・直線を作ることができたのである〕」なるほどフムフムですね・・・折角だから「円形・正方形」の順にして欲しかった・・・(^^)


2)大工さんで思い出しましたが「大矩(おおがね)」と言うのが有ります。これを知ったときも卒倒しそうになりました。例えば30センチ、40センチ、50センチの長さの三枚の板を釘で留めて三角形を作ると「直角」が出来る、というのです。これは何を隠そうあの「ピタゴラスの定理」の現場発想版なのですね、3の2乗+4の2乗=5の2乗です。恐れ入りました。


3)私は大体一ヶ月に一回床屋へ行きます。ただ家を出るときは決めて居らずその日の天候や気分次第でヒョイと飛び込むのです。歩きに出る前に必ず歯を磨いて髭を剃ります。従って当然髭の剃りたて状態で床屋へ入ることになります。大型の床屋なのでその度に人は変わるのですが大抵変な顔をされます。一昨日は相当なお年の床屋さんでした。私の右頬に剃り傷が有るのに気付いて、「あ、傷が有りますね」と仰有るので「あ、私は家を出てから床屋さんへ行くか行かないかを決めるので、いつも髭は剃って・・・」と説明をし始めると、言葉を遮って「フフン」と鼻で笑いました、と後で感じました。後で感じたというのは変な言い方ですが、何か腑に落ちないものが残る遣り取りだったので心の片隅に残っていたのですが、夜になってからフト或ることに気付いて「あっ」と卒倒しそうになりました。

わざと傷を付けておいてから床屋へ行って、剃って貰いながら「あ痛てっ!」とか言って治療費を寄こせと難癖を付ける手合いが居ます。あのお年寄りはそれを防止するために私の傷を予め指摘しておいたのです、その手は食わないよ、と。私が感じた不自然さはそれだったのです。つまり甚だしい名誉毀損ですよねこれって・・・。珍しく腹が立ちました、心底。


大矩と墨縄と水盛り(原理図)
 

こんにちは

 投稿者:あずき  投稿日:2009年 7月31日(金)14時24分11秒
返信・引用
  >こんなものを作りながら消夏しています

人名辞典から、人類の初めまで遡ろうという試みですね。膨大な計画ですね♪
某所でも書きましたが、胎児時代から、生まれて二足歩行に至るまでの期間は、まさにそのうん万年の歴史を一気に幼児は通過するのですね。「あんよ」が始まった我が孫をみていますと、それを実感します。
 
    (リベル) >人名辞典から、人類の初めまで遡ろうという試みですね。

有り難う御座います・・・が反面厄介なことに手を染めたかなという不安もあるのです。というのは私の性格が性格ですから46億年前の「地球の誕生」、いや137億年前の「ビッグバン」にまで遡りたくなってしまって。

Newtonムックの「地球と生命」なども買って読んで壮大な宇宙の運行と歴史に圧倒されて、改めて己の小ささを知りそれが逆にパスカルの「葦」を思い出させて、意外に奮起したりしています・・・もう大変・・・(^^)

そうなんですね人間の赤ちゃんはその壮大な歴史を一気に駆け抜けてしまうのですね。人間は逞しい、そして頼もしいですね・・・ワーイ \(^o^)/…(8.1 04:57)
 

サチ・パーカー

 投稿者:あずき  投稿日:2009年 7月30日(木)21時45分33秒
返信・引用  編集済
  http://nishimajo.com/h_index.html#top

なんと。この日本映画「西の魔女が死んだ」に出演していました。
この映画は観ませんでしたが、原作は読みました。ステキなお話です。

http://www.haizara.net/~shimirin/blog/akiko/blosxom.cgi/book/20060818140702.htm

なんどもお邪魔いたしました。適当に読みとばしてください。すみませぬ。
 
    (リベル) あずきさん、こんばんは。

シャーリー・マクレーンが親日家で、同じく親日家で「青い目の蝶々さん」をプロデュースしたスティーヴ・パーカー氏との間に生まれたSachiko・Parkerさんが「西の魔女が死んだ」でおばあさん役をしていたのですね。

その原作の話を3年前の丁度今頃「ふくろう日記」に書いておられた・・・奇縁と申さば正しく奇縁ですね・・・。

今年の夏は涼しくて雨上がりの真夜中には長袖を羽織ったりします。ボツボツ秋の気配か・・・と思ったら未だ梅雨が明けていないのですね。こんなものを作りながら消夏しています・・・(^^;)(7.31 03:19)
 

Re: 風邪気味のジャック・レモン

 投稿者:リベル  投稿日:2009年 7月30日(木)17時28分18秒
返信・引用  編集済
  > No.4472[元記事へ]

> 数日前、おばあちゃん役のシャーリー・マクレーンを録画で観ましたが、一緒に観た娘は「サチ・パーカーのお母さん」と言い、わたくしは「ウォーレン・ベイティのおねえさん」と言いました。お互いに知らない俳優でした。時代はめぐる。。。

本当に時代はめぐりますね・・・。そうなんです、私の意識にあるシャーリー・マクレーンは中年女性かそれ以上なのです。彼女の実年齢は私より一つ上なのだし・・・。何歳の時か分かりませんがこんな写真を見付けました。


年を取っていますが、魅力満点ですね・・・。
 

Re: 風邪気味のジャック・レモン

 投稿者:あずき  投稿日:2009年 7月30日(木)15時29分39秒
返信・引用  編集済
  > No.4471[元記事へ]

> 「そうかビリー・ワイルダーの芸の細かさだな、鼻に掛けたのを花にも掛けたか・・・」と呟いて・・・「馬鹿だなあ俺は、向こうは英語じゃないか」と自嘲して、待てよ・・・「nose」に掛けたから「rose」にも掛けたんじゃないか・・・良いんだよそれで・・・と、どこまでもあ他愛のないお話でした・・・(^^;)

こういうお話になると、すぐに現われるあずきです(^^)。
媚薬=love drug  点鼻薬=nose drop(勿論こじつけですが、似ています。)

数日前、おばあちゃん役のシャーリー・マクレーンを録画で観ましたが、一緒に観た娘は「サチ・パーカーのお母さん」と言い、わたくしは「ウォーレン・ベイティのおねえさん」と言いました。お互いに知らない俳優でした。時代はめぐる。。。

新装開店のお祝いに。
 

風邪気味のジャック・レモン

 投稿者:リベル  投稿日:2009年 7月30日(木)05時25分57秒
返信・引用  編集済
  三谷幸喜さんが朝日新聞のエッセイで「36時間」や「アパートの鍵貸します」を無茶苦茶に褒めるので「ツタヤ」でDVDを借りて「アパートの鍵貸します」を見ました。エレベーターガールのシャーリー・マクレーンに貰ったバラの花を背広のボタン穴に差して、風邪気味のジャック・レモンは鼻薬を差します。両方の鼻孔に差して、胸のバラにもシュッと掛けました。

「そうかビリー・ワイルダーの芸の細かさだな、鼻に掛けたのを花にも掛けたか・・・」と呟いて・・・「馬鹿だなあ俺は、向こうは英語じゃないか」と自嘲して、待てよ・・・「nose」に掛けたから「rose」にも掛けたんじゃないか・・・良いんだよそれで・・・と、どこまでもあ他愛のないお話でした・・・(^^;)

それにしても何十年も前に一度見てよく知っている積もりで居た「アパートの鍵貸します」、本当に面白かった・・・ウーム。シャーリー・マクレーンがあんなに可愛いとは知りませんでした、と言うか忘れていました。感激の余りと言うか、余勢を駆ってと言うか思い切った模様替えをやりましたが、相変わりませずどうぞよろしくお願い申し上げます・・・_(_^_)_


鼻薬とジャック・レモンとシャーリー・マクレーン
 

人生の嵐

 投稿者:エリカ  投稿日:2009年 7月29日(水)13時14分5秒
返信・引用
  北帰行の歌が載ってましたが、わたしも好きです。
わたしは懐メロが好きなんですね。オバンくさいのですが。両親がよく懐メロの番組みてたので、子供ながら聞いてました。

>社会生活で何度も叩き潰されて、激痛を味わってきたからです。だから人様を傷つけることはするまい言うまい
と記されていましたが。

懐メロでよく歌われる歌で、「ここに幸あれ」という歌があります。

嵐も吹けば雨も降る。
女の道よ なぜ険し
君を頼りに 私は生きる
ここに幸あれ 青い空♪

険しいのは男の道も同じだと思いますが。誰かが
「人生は重い荷物をせおって長い道のりを歩むようなものだ」と誰かが言いました。徳川家康だったでしょうか?。

嵐もふけば雨もふる
わたしたちは人生の嵐の中に立たされることがありますよね。不安の嵐、絶望の嵐、怒りの嵐。この歌はそんな嵐の中を闘いぬいてきたような明るさと勝利感のようなものを感じます。
 
    (リベル) エリカさんこんにちは。

徳川家康でした、今調べました。「人の一生は重荷を負て遠き道をゆくが如し。いそぐべからず。不自由を常とおもへば不足なし。こころに望おこらば困窮したる時を思ひ出すべし。堪忍は無事長久の基。いかりは敵とおもへ。勝事ばかり知てまくる事をしらざれば害其身にいたる。おのれを責て人をせむるな。及ばざるは過たるよりまされり。」

>この歌はそんな嵐の中を闘いぬいてきたような明るさと勝利感のようなものを感じます。

ただ私の場合は「明るさと勝利感」とはほど遠く、人生ってそうなんだなあという感懐が有るのみなのです・・・(^^)(7.29 17:29)
 

Re: おもしろい♪

 投稿者:リベル  投稿日:2009年 7月29日(水)01時33分58秒
返信・引用  編集済
  > No.4468[元記事へ]

> 画像が3枚はいるのですね。ちょっと実験させてくださいね。お邪魔虫(^^)。

ウーム・・・カ行の果実で攻めてきましたね・・・?

しからば「カイツブリ」の三連発と行きますか、こんな風におんぶすることを知りませんでした(真ん中のは2羽おんぶですね)。訝しんだ時はあったのです、何だろうと。最後のは近況です、雛は3羽と信じていたのにこれまた不思議なことです・・・^^


近況の拡大画像です・・・みんな元気元気・・・
 

おもしろい♪

 投稿者:あずき  投稿日:2009年 7月28日(火)21時28分53秒
返信・引用  編集済
  画像が3枚はいるのですね。ちょっと実験させてくださいね。お邪魔虫(^^)。  

藤本事件に通底する法務官僚の人権意識

 投稿者:北風  投稿日:2009年 7月27日(月)09時38分56秒
返信・引用
  昨日の朝日新聞の2面だったかで、「冤罪」を防ぐために取調べ過程をビデオで取るなどの「取調べの可視化」についての記事があった。
その中で、検察庁の公判部長とか言う人物が可視化に反対して、要旨次のようなことを言っている。(手元に掲載紙が無いので記憶で書いているが、昨日のことなのでそう間違いは無いだろう)

かつて、極刑に値するような重要事件の被疑者の取調べに当たった。
黙秘していた被疑者だが、取調官が自分の生い立ちを語るなど被疑者と親身に接した結果、被疑者も自分のことを語り始め、幼少のころ母親に捨てられたことで世をすね、それが犯罪の遠因だったようだった。
それで、母親はそのころ「重篤」な病気にかかり、それが知れると「村八分」にされかねないので、後ろ髪をひかれる思いで幼子を置いて家を出たことを教えた。
被疑者は泣き崩れて、その後自供に転じた。
調書には、被疑者の要望でそのことは触れず、裁判でも取り上げられることは無かった。

そういうことが可視化によって不可能になるので、可視化には反対ということであった。

病名は書いてないが、病気にかかった結果「村八分」を恐れて出奔しなければならないような病気は、ほかに無い。

その被疑者自体が「予防法」の犠牲者の一人といえなくも無い。法務官僚であれば「予防法」のもたらした「犯罪性」に自覚があってしかるべきだがまったくその気配は無いどころか、いたずらに興味本位の事例として挙げただけで、まったく不適切といわざるをえない。

取調べの手法としては、「飴と鞭」の「飴」に過ぎず、「大岡越前」以来の古典的手法でまさにその手法が、冤罪事件を作り出してきた自覚も無い。

また事実であれば、情状酌量の要件になるはずなのに、被疑者の「要望」を理由に(当然、その意味もわかっていよう)被疑者の有利な材料を握りつぶしている。

これらの問題をはらんだ発言が、発言者はともかく新聞記者も問題と感じず、紙面に現れている。

弁護団は黙視するのかな。
 
    (リベル) 北風さん、こんにちは。

昨日の朝日新聞読みました。それからこの投稿も「ハンセン病の闘いの歴史に学びともに考えるBBS」で拝読しましたよ。

記事の方は「取り調べの全面可視化」を捜査側から見た見解でしたね。検察側の言い分も誠にもっともだと思います、これは難しいところだと思っていました。実際に証拠採用する場合に問題の焦点に関係が無く当事者の利益を損なう恐れがある場合は、例の「ピー」を入れればよいと私は思っています。

北風さんの仰有ることは筋が通っていますね、こういう問題の捉え方は大切なのについ忘れがちです。反省しなければいけないですね。(7.27 11:58)
 

Re: 負けた者は北へ逃げる

 投稿者:Ichiro  投稿日:2009年 7月27日(月)03時05分5秒
返信・引用  編集済
  > No.4465[元記事へ]

リベルさんへのお返事。

 沖縄における北南

 これは私独自の説であるが、宮古島にある島尻集落は宮古島の北にあり、その外は沖縄本島にせよ、沖縄本島の離島にせよ、島尻集落は皆島の南にある。島尻郡などである。反対は国頭郡である。ということで、沖縄本島への人々は日本内地の方からきており、宮古八重山方面は東南アジアから人々がきているという証拠であると、勝手に発表している。あまり信用しないで聞いてほしい。尻の方が頭の後であるからである。(笑)

 Ichiro
 
    (リベル) Ichiroさんこんばんは。

要するにこういう事でござんしょ。島には頭とお尻がある、そして宮古八重山方面はお尻が北にあり、沖縄本島などは逆である。それは日本から南下してきた人と東南アジアから北上してきた人とのものの考え方の違いから来ているのだ、と。それがIchiro説だと。

最近何かで見ましたが、現在日本人は東を除くすべての方角からやって来た民族の混合体であるとやら。国立科学博物館のサイトでも扱っています。面白いしかし結論が出ないテーマのようですね・・・(^^;)(7.27 4:13)
 

Re: 負けた者は北へ逃げる

 投稿者:リベル  投稿日:2009年 7月27日(月)02時37分3秒
返信・引用  編集済
  > No.4464[元記事へ]

> それで、思わず思い出した言葉は「南下」でした。
> 「北上」に対して「南下」があるわけですが、この場合は単純に「進む」や「移動」という意味のようですね。

あっ、気づきませんでした・・・〆(.. )メモメモ…
しからば東は「東征」と言う、はてでは西は「西征」って有っただろうか、張騫などはそうは言わないのかと辞書を引くと・・・いや「北征」も「南征」も有るのですね。がそれでは話が逸れてしまいます、何故「北下」、「南上」とは言わないのか?わずかに「新明解」が「「北進」 の意の漢語的表現」、「「南方へ進出・移動する」 意の漢語的表現」としていて、中国産の言葉らしいとのヒントは呉れるのですが・・・。「南船北馬」は関係ないし、黄河も揚子江も東西に流れているし、まさか地図で北が上だからでもないだろうし・・・と、これはしばらく時間を頂かないと、いや頂いてもダメかも・・・(^^;)追記:「北上 南下」で検索すると諸説が出てきます。「東上」、「西下」を忘れていたことも気付かせてくれました、が・・・ではでは・・・(^^;)


> 和歌のなぞなぞは解けませぬ。「蝉丸」の和歌かしら?とも思いましたが、それもどうやら違うようで、お手上げです。教えてくださいませ。お礼にどーぞ(^^)。

「空」と「蝉」と「さやけき山川」なのですがこれは凄いコジツケなのです。

うつせみは数なき身なり 山川のさやけき見つつ 道をたづねな

宇都世美波加受奈吉身奈利夜麻加波乃佐夜氣吉見都〃美知乎多豆祢奈 大安寺の大伴家持の歌碑


種明かしをしますと、最初は兎に角写真が複数枚アップできるという機能の実験でした。で、夏の風物を「クマゼミ」、「かき氷」、「砂浜」と並べた↓のですが、フト三題噺が出来ないか、「蝉氷」を使えば何か出来そうだと一時間以上あれこれやってダメで、では「空蝉」ならと大伴家持の爽やかな歌を見付けて逆に「さやけき山川」(そんな写真など有りませんよね)の写真をくっつけたという、大作(?)なのでした・・・お騒がせしてごめんなさい・・・_(_^_)_


昨日最初にアップした三枚・・・^^
 

Re: 負けた者は北へ逃げる

 投稿者:あずき  投稿日:2009年 7月27日(月)00時18分50秒
返信・引用
  > No.4459[元記事へ]

> 私と連れ合いも「エエッ、本当だ、なんで敗北って言うんだろう?」と考え込んでしまいましたが、勿論分かりませんでした。国語辞書はさすがに最近親切で、「広辞苑」も「大辞林」も「新明解」も「北は逃げる意味」と書いてくれています。

それで、思わず思い出した言葉は「南下」でした。
「北上」に対して「南下」があるわけですが、この場合は単純に「進む」や「移動」という意味のようですね。

和歌のなぞなぞは解けませぬ。「蝉丸」の和歌かしら?とも思いましたが、それもどうやら違うようで、お手上げです。教えてくださいませ。お礼にどーぞ(^^)。
 

全体主義

 投稿者:リベル  投稿日:2009年 7月26日(日)18時11分19秒
返信・引用  編集済
  「全体主義」って何か?中学生に分かるように説明できるかなあ、と思ったらできないですね、これが・・・。

今日耳で「たかじんのそこまで言って委員会」というのを聞きながら思いました。そもそもは勝谷誠彦という御仁が「20年後には日本は全体主義国家になる」と予言したことに端を発しました。その中で「クールな全体主義」と言う表現に金美齢さんが異を唱えました。「全体主義って大体クールなのかしら?」。それから「過去の日本に全体主義は一度もなかった」と言う発言に三宅久之氏が「そんなことはない」と怒鳴り始めました。

聞いていてそう言えば分かった気で居る「全体主義」って一体何だろう、説明をしろと言われると困ってしまうのですが、大辞林にはこう書いてあります・・・

「個人は全体を構成する部分であるとし,個人の一切の活動は,全体の成長・発展のために行われなければならないという思想または体制。国家・民族を優先し,個人の自由・権利は無視される。 → 個人主義」

だから三宅さんの言うとおり戦時中の「天皇陛下のため」、「お国のため」と言うのは「全体主義」以外の何ものでもないでしょう。勝谷氏は「そう言えば東條さんはカリスマ性が無かったですね」と言って胡麻化そうとしましたが、それは言い逃れでしょう。勝谷氏が三宅氏に頭が上がらないのは何故か分かりませんが、反権力を標榜するなら、たまには正面から議論せんかい、と言いたくなります、だらしない。「クール」については「敢えて反語的な形容をしましたが・・・」とまあ納得できる話をしていました。


そこで思ったのですが、今得られる新しい知識を元にして、昔を振り返ってあの時代は「どうであった、何主義であった」と定義することの愚かしさと、それを元にして未来について予言を試みることの馬鹿馬鹿しさです。こういうのを「歴史認識」という言葉で一括りにしてよいのかどうか分かりませんが、人類の歩んできた道を深刻に振り返ることなくテレビで喚ぎ立てる人達をもっと冷静な目で、見なければいけないなと痛感させられました。


「お母さん!」と叫んで死んだことは伏せられていて「天皇陛下万歳」と叫んでお亡くなりになりました、なんて「全体主義」以外の何だというのでしょう。帰りのバスの中で権力や武力によって大量に人間が殺された悲惨な歴史的事件を10挙げようとしましたが「アウシュビッツ」、「ヴェトナム戦争」、「アパルトヘイト」、「原爆」と指を折りながら今現在進行している北朝鮮やアフリカの難民や、餓死寸前の幼児の映像が浮かんできて・・・指なんか折るなと・・・思いました。マッタクです・・・。


原爆の図「火」より (部分)
 

分家が本家をリード

 投稿者:リベル  投稿日:2009年 7月26日(日)00時21分37秒
返信・引用  編集済
  「ハンセン病のリンク集」は現在のアクセス数が584,778ですが「人名歴史年表」は今日800,000を越えました。4年遅れてスタートしたのですが2005年9月28日に訪問者3人だったのが今は夏休みとあって一日に200人〜400人もの子供たち(と思われます)が来てくれます。

中学の先生が「日・中・韓対照年表」を印刷して生徒に配りたいとか、旅行者の添乗員の方が海外のお城などを説明するとき「このお城が出来た頃日本では…」と例を引くのに重宝するとか大人の方の需要も増えてきています。

少し梃子入れをして充実を図らないと申し訳ないので、色々一昨日書いたような資料を集めて体内醸成中です。「ハンセン病」の宿題が未だ三つ残っているのでそれもなおざりに出来ません。

お陰様で猛暑も前向きに乗り越えられそうです・・・(´ヘ`;)ハァ〜ッ


この三つを含んだ和歌が有る・・・?
 

Re: 負けた者は北へ逃げる

 投稿者:リベル  投稿日:2009年 7月25日(土)12時36分57秒
返信・引用  編集済
  > No.4460[元記事へ]

>  次は沖縄にいったんですね。
>  なぜか、北帰行を思い出しました。

「北帰行」は好きな歌の一つで、良く歌いました。

You Tubeの解説を転載しますと・・・

「昭和16年、旧制旅順高等学校を退学になった宇田博が同校への訣別の歌として作ったの がこの唄でした。宇田が学校を去った後、事実上の寮歌として生徒らに愛唱されて、戦後 も卒業生らによって歌われたのがきっかけか、昭和30年代には歌声喫茶らで取り上げられるようになり密かな流行歌となっていました。

それを聞いたレコード会社や歌手によって次々とレコード化。最初はボニージャックスによってレコード化されましたが、諸般の 事情で廃盤となり、権利調整して再販するまでの間に、この小林旭盤が発売、大ヒットとなったのでした。作者の宇田がもっとも気に入っていたのが小林歌唱のそれで、自身の葬儀にはぜひともこの歌をかけて贈って欲しいと生前語っており、95年、宇田が亡くなった際には希望通りに遺族・関係者は取り計らったそうです。」


”今は黙して行かん  なにを又語るべし”

なんて良く呟いたものです、本当に辛くて苦しい時など・・・^^


 

Re: 負けた者は北へ逃げる

 投稿者:Ichiro  投稿日:2009年 7月25日(土)05時29分48秒
返信・引用
  > No.4459[元記事へ]

リベルさんへのお返事。

 次は沖縄にいったんですね。
 なぜか、北帰行を思い出しました。
 Ichiro
 

負けた者は北へ逃げる

 投稿者:リベル  投稿日:2009年 7月25日(土)02時49分28秒
返信・引用
  関西のMBSというテレビ局に「西」という姓の若いアナウンサーが居ます。昨日のニュースショーで千葉団地殺人事件を取り上げたとき「何故沖縄へ逃げたんでしょう、負けた者は敗北と言って北へ逃げるのが普通の筈ですが・・・」と言って場を白けさせました。西アナは自分の姓のせいで「東・西・南・北」の文字に拘るのを一つの「ウリ」にしているので、いつものオフザケの積もりだったのが妙にマジに受け取られてしまって・・・。

私と連れ合いも「エエッ、本当だ、なんで敗北って言うんだろう?」と考え込んでしまいましたが、勿論分かりませんでした。国語辞書はさすがに最近親切で、「広辞苑」も「大辞林」も「新明解」も「北は逃げる意味」と書いてくれています。なるほど「背」という字からも分かるように「北」は二人の「人」が背を向け合っている、背き合っている形なので抑も離反・敗走の意味が有ったのですね、一つ賢くなりました・・・^^


「字統」からです・・・
 

感染経路:あれこれ

 投稿者:Ichiro  投稿日:2009年 7月24日(金)21時31分46秒
返信・引用  編集済
  ハンセン病感染経路については、いろいろ書かれていましたので、まとめてみました。

 資料は全部手持ちのものか、同僚のもの。

 日本皮膚科全書 1954 おそらく皮膚、粘膜の傷から。呼吸器、消化器は考えられない。
 らい医学の手引き(教科書) 1970 上とおなじ
 The Star(手持ちで一番古い) 1983-5-6月号 侵入門戸は上気道である。
 藤楓だより(手持ちで一番古い)1983 繰り返し接触しなければ感染しない。皮膚説。
 その後 最近まで皮膚説である。後のふれあい福祉だより参照。
 The Star(内容が変化した 1991-5-6月号 上気道と傷のある皮膚である。2001で廃刊。
  Handbook of Leprosy(4版)1988 上気道説が主で(1898,1973,1974,1976を引用)、皮膚説も記載あり。
 らいについて(邑久光明園 1990) 明確に書かれていないが、接触期間と、接触の回数とかかれているので、皮膚説か。
  ハンセン病を正しく理解するために 看護婦のために 1990
                              皮膚ー皮膚感染である。
  Leprosy (Hastings) 1994   皮膚の傷から。二次的に呼吸器から。
               Reese and Mc Dougall (1977)エアゾル実験を記載するも皮膚説の後に記述。気道説に反対があると記載。
ハンセン病を正しくりかいするために −医療従事者のためにー  1995
               今までは皮膚ー皮膚、現在は上気道感染である。
 ハンセン病といわれたあなたに 1996 濃厚な接触があると、鼻くう粘膜から感染する。
  ハンセン病医学 1997        呼吸器系が最も可能性が高く、皮膚経由も否定しえない。
 ハンセン病診断・治療指針(厚生省) 1997 かっては患者の皮膚経由;最近は鼻くう粘膜からの飛沫感染が有力になりつつある。
 総説現代ハンセン病医学 2007 鼻粘膜から(1990などの文献を引用)
 ふれあい福祉だより 2004  くりかえし接触して感染する。
 ふれあい福祉だより 2005  くりかえし接触して感染する。
 ふれあい福祉だより 2008  主に呼吸器から。
 Ichiroが信じる説:Wikipediaハンセン病をみてください。
 ●医療講座 1993 ハンセン病について 菊池野 467:2-6.上気道説を述べたら、自治会より不評を買い、「菊池野」お出入り禁止をくらう。この事実は壁をこえて、にも影響をあたえた。記録がない。

  ●後で追加:菌の存在との関係は不明ですが、侵入経路としては上気道経由だそうです。これは和泉先生か、同じ考えの先生のどちらかから伺ったことです。
 
    (リベル) Ichiroさんこんばんは。

大きく分けて「皮膚」と「呼吸」と有るようですね。私など素人は「呼吸」と言えば空気伝染だから、それはあり得ないと判断するのですが・・・?

それよりも今も和泉眞蔵氏が研究を続けておられる「感染源」は人でなく「土や水など」の「生活環境」中なのかどうかが重要な点だと、私などは考えています・・・(^^;)(7.25 03:03)
 

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