|
|
先日皓星社さん(ご存知北風さんの会社です)から梅林加津氏の「海人断想」が出ました。梅林氏より年表から引用したいとのご丁寧な申し出を頂き快諾していた事情から、同著をお送り頂きました。
私は元来短詩が苦手で、ネットでお近づきになったあずきさんやしゅうさんのお陰で、少しずつ理解力が付いて来た程度の初心者なのですが、どういうわけか明石海人氏の短歌には昔から特に惹かれて居ました。やはりしかし苦手意識があって、逃げ腰では居たのですが・・・。
今回読み始めたら、まさに素人(と、絵がご専門の著者は自称されています)の視点から短歌を理解しようとされていて、私にもとてもとても良く分かるように解説されており、目から鱗が落ちる思いで一首一首に接することが出来ました。感激の余り、とうとう「明石海人全集(改造社)上下巻(2000円)」を古書店に発注してしまった(皓星社さんの類書は一桁違うので手が出ません)ほどなのです。
さて、感激したのには、実はやはり他の理由もあるのです。この本で最初に取り上げられている歌は・・・
ふうてんくるだつそびやくらいの染色體わが眼の闇をむげに彩る
このひらかな部分に梅林氏はこう漢字を当てて居られます。「瘋癲痀瘻脱疽白癩」。そしてこう書いて居られます。
「指が曲がるのは、くる病だったら良かったのにと、傷でいたみ失われてゆく手足があれば、これは脱疽病だったらと思ったでしょう。」
また「白癩」を「少菌型」(下図↓)と仮定すれば、「自然治癒もあったかも知れないし、せめて白癩だったらとの思いがあっても不思議ではないのではないでしょうか。」とも。
私が次に取り組もうとしている「kilāsa」について、私は何を隠そう「少菌型」説を採ろうとしていたのです。因縁と申しますか奇妙な符合に愕然としたのでした・・・。何よりもそう仮定することに一抹の不安を抱いていた私は、百万の援軍を得たような感懐に襲われました。
世の中を運営している「大いなるもの」の部下には、こういう「奇縁」という名の一群も居るのかも知れません・・・(^^;)
感染症情報センターHPから
|
|