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「真善美」って何なん?

 投稿者:リベル  投稿日:2018年 1月24日(水)14時24分48秒
返信・引用
  > No.5349[元記事へ]

よく並べて言われる真善美。そもそも「真」・「善」・「美」それぞれを少なくともこの私は、じっくりと味わうように芯から理解することが出来ていません。なので、余計に分からないのですが、この三つは何故並立しているのでしょう? 誰かが最初に言い出したのでしょうが。この答えは「コトバンク」で意外に簡単に見つかりました。堅苦しい文章ですが、そのまま引用します。出典は小学館の「日本大百科全書」です。

 知性(認識能力)、意志(実践能力)、感性(審美能力)のそれぞれに応ずる超越的対象が真善美である。このうち、知性の対象を真とし、意志の対象を善として併置することは西欧古代、中世の哲学的伝統であった。またギリシアでは、美と善とは合して、「美にして善なるもの」kalokagathonという合成語となり、自然的、社会的、倫理的な卓越性をさすことばであった。しかし、真善美の三者が併置されるようになったのは、おそらく近代になってからのことで、直接にはカント哲学の影響によるものであると考えられる。カント哲学の紹介者であったフランスの講壇哲学者クーザンには、『真美善について』Du vraie, du beau et du bien(1853)という著作があり、カント哲学の復興であったドイツの新カント学派では、「真善美」d. Wahre, d. Gute, d. Schneはその哲学の常套(じょうとう)語となった。日本へのこの語の移入は、おそらく新カント学派の影響によるものと考えられる。[加藤信朗]

何やら小難しいですが、先に以下の国語辞典の語釈を読めば、理解が早まります。

デジタル大辞泉
  認識上の真と、倫理上の善と、審美上の美。人間の理想としての普遍妥当な価値をいう。

広辞苑
  認識上の真と、倫理上の善と、美学上の美。人間の理想として目ざすべき普遍妥当な価値をいう。これに聖を加えることもある。「かくてなほあくがれますか真善美わが手の花はくれなゐよ君」(晶子)

大辞林 第三版
 人間の理想である、真と善と美。それぞれ、学問・道徳・芸術の追求目標といえる、三つの大きな価値概念。

先ず下の三つの国語辞典を比べて、誰もが抱く感想は、恐らく大辞泉と広辞苑の語釈の酷似でしょう。これは私の常識的には、大辞泉が広辞苑から安易に頂戴したという、巷間よく見られる手法ということで、片付くでしょう。不愉快なのは、広辞苑の用例ですね。ここに晶子を持ってくるとは、努力不足といわれても仕方ないのではないでしょうか。尤も、真面目な書物からでは、逆に甲乙つけがたくて、選びにくかったという事情は良く理解できますが、さりとて何も・・・。

閑話休題。三つが並立させられた経緯です。率直に言って私なんぞは、先ず人間の「肉体」と「精神」という分け方には、直ちに納得が出来ますから、そういう観点から「知性()」と「意志()」という中世哲学の考え方にはついていけるし、一方ギリシャの「にしてなるもの」というのも、それはそれで分かる気がするという段階です。この筆者の加藤氏もご苦労なさったかとは思いますが、しかし、三者が並立した、あるいはさせられた理由は、依然として不明です。

だから、というわけでも、癪だからというわけでも無いのですが、私が最近たまたま読んだ岡潔さんの「春宵十話」の中に有った「」と「」のペアをご紹介します。「数学を志す人に」の中の一節に

「ここにいう調和とはの中における調和であって、芸術のようにの中における調和ではありません」

とあるのです。勿論、前にポアンカレーの到達した「数学の本体は調和の精神である」という自覚が紹介されているのですが(お断りしておきますが、実は私、この意味を理解できているわけでは無いのです。)。もう一つの「真の中の調和」を岡先生は実例を挙げて次のように説いておられます。少し長いですが・・・

”私が中学生のころ、数学の試験は答案を書き終わってからも間違ってないかどうか十分に確かめるだけの時間が与えられていました。それで十分に確かめた上に確かめて、これでよいと思って出すのですが、出して一歩教室を出たとたんに「しまった。あそこを間違えた」と気づくのです。(中略)教室を出て緊張がゆるんだときに働くこの智力こそ大自然の純粋直感共呼ぶべきものであって、私たちが純一無雑に努力した結果、真情によく澄んだ一瞬ができ、時を同じくしてそこに智力の光が射したのです。そしてこの智力が数学上の発見に結びつくものなのです。”

この一瞬が「真の中の調和」なのでしょう。実は私にもこの体験が有るのですよ、ポアンカレーさん。そして「美の中の調和」の感覚も分かる・・・というより理解できるのです・・・?ほんまかいな!
 
 

「win-win」ばかりで良いのかいな?

 投稿者:リベル  投稿日:2017年 8月 1日(火)01時16分59秒
返信・引用
   このところよく耳にする言葉に、「win-win」というのがあります。また若者言葉かいな?と思っていたら、経営学用語らしくて、驚きました。
 今読んでいる河合隼雄の「心の処方箋」という本に、河合さんの造語として「ふたつよいことさてないものよ」というのが有りました。これは「win-win」のまさしく逆の意味で、世の中も、心理学上も、「良い」と「悪い」が有って、バランスというものが成り立っているのですぞ!というご意見です。フムフムそんなものかなあと感慨にふけりました。耳からは「加計学園問題」で擦った揉んだやっている、国会中継が入ってきます。何となくですが、安倍総理に聞かせてあげたくなりました。「ふたつよいことさてないものよ」何となくですが・・・(笑)
 

「ほぞ」って何だ?

 投稿者:リベル  投稿日:2016年10月17日(月)13時52分34秒
返信・引用 編集済
   世界の古い井戸について、まとめていると(参考)、色んな雑学に出会えて興が尽きません。新石器時代の初期、人類が定住を初めてまもなく、「井戸」を考え出しました。これがいわゆる大工仕事(木工作業)の始まりだろうと言われているそうですが、その記述の中に「cogging joint」という知らない言葉が出てきました。調べてみると日本語で「枘(ほぞ)」と言う奴です。聞いたことはあっても、正確にどんなものか知らないので、インターネットで調べたら、こんなサイトが見つかりました。思わず膝を打つようなわかりやすい説明が、見事な日本語で綴られています。ツイツイ紹介したくなって・・・。

 

現下の豊洲問題!よくまとまっています・・・

 投稿者:リベル  投稿日:2016年 9月23日(金)22時28分7秒
返信・引用 編集済
  小池知事、豊洲は「都庁改革の試金石」 従来体制を批判       (朝日新聞:2016年9月23日20時40分)


 東京都の築地市場(中央区)から移転予定の豊洲市場(江東区)で、主な建物の下に盛り土がなかった問題で、小池百合子都知事は23日の定例記者会見で、「無責任体制と言わざるを得ない」と従来の都の管理体制を厳しく批判した。盛り土のない設計に変更した決定者や時期を特定した上で、今月中に報告をまとめる方針を示した。

 「あいまいな部分を残している内容としか思えない」。小池知事は会見で、21日に事務方から報告された調査結果について指摘。「都庁が自律改革ができるのかどうかの試金石だ」と強調した。

 豊洲市場では環境基準を大きく上回るベンゼンなどの有害物質が検出されたため、2008年に都の「専門家会議」が汚染対策として敷地全体に盛り土などをするように提言。しかし、実際は主な建物5棟の地下に盛り土がなく、空間があったことが今月発覚。小池知事が事務方に経緯の調査を指示していた。

 小池知事がこの日、追加調査の要点に挙げたのは、①いつ、誰が盛り土しないことを決めたのか②都のウェブサイトや議会答弁が事実と違っていた理由③事態を知っていた職員が「専門家会議」委員に意見を求めなかった理由――の3点。

 知事によると、盛り土に代わる空間が設けられた理由について、事務方の調査では「地下水検査などの作業空間が必要」「設計過程で地下空間を設ける方針が固まった」などとあるだけで、決定者や時期などがあいまいだったという。「調べる量が膨大。(次の報告に)期待したい」とした。

 小池知事が厳しい言葉を並べたのは、担当部局の都中央卸売市場長に関する質問に答えた場面。08年から現職までの市場長5人が調査に対し、「盛り土をしない設計変更を知らなかった」という趣旨の説明をしていることを明かし、「これこそガバナンス、縦割りの問題。誰のお金で、誰のための市場なのか。無責任体制と言わざるを得ない」と批判した。

 今後、事務方の調査で焦点になるのは、市場施設の基本設計を発注した11年3月から、できあがった同6月ごろまでの約3カ月間に何があったかだ。都幹部によると、発注段階ではなかった「地下利用」の案が、作られた設計には盛り込まれたことが分かっている。

 この間、都の担当部局と受注した大手設計会社との協議の過程で設計変更された可能性が高いとみられているが、決定者や変更の目的についての調査は難航している。証言の食い違いが目立つ一方、裏付けられる文書記録が少ないためという。

 都議会答弁などで事実と異なる説明が続いていた点も、「同じ部局内でも、技術と事務の担当者間で情報共有が不十分。事実を知らない職員が多かった」などと話す職員は少なくない。専門家会議に報告しなかった点についても同様で、詳細な経緯の解明は難航しそうだ。
 

年表拝見しました

 投稿者:アール  投稿日:2016年 9月 2日(金)01時46分10秒
返信・引用
  とても興味深く、そして見易い年表でした。
有難うございました。
 
    (リベル) 
ご丁寧に、痛み入ります。ご活用頂ければ幸甚です・・・^^
 

これはCMではありません!!!???

 投稿者:リベル  投稿日:2015年11月 1日(日)01時54分58秒
返信・引用 編集済
  出典  

映画「ダラス・バイヤーズ・クラブ」から

 投稿者:リベル  投稿日:2015年10月20日(火)03時37分30秒
返信・引用
  マシュー・マコノヒー" I got one... one life, right? Mine. But I want someone else's sometimes."

字幕「人生は一度きりだけど、他人のも生きてみたい。」

「俺は一つの人生を生きてきた、俺のをな。だけど他人のも生きてみたいって、思うんだよな、たまに。」

妻に真剣な興味を抱くってことは、何となく「他人のを生きている」感じに、近いのです。おかしいかな???
 

福知山

 投稿者:エリカ  投稿日:2015年 9月25日(金)20時27分31秒
返信・引用
  お久しぶりです。何十年かぶりで福知山へ行ってきました。

祖父母が住んでいた家も建て替わっていました。祖父母はとっくの昔に他界しましたが。祖父母の家の近くの浄願寺(ご存じですか)も見てきました。道路は舗装され、子供の頃遊んだ小川も橋がかかっていました。子供の頃は川でおばちゃんたちが洗濯していました。
美和荘という宿舎で泊まったのですが、宿泊料金も安く食事がとてもおいしかったです。
 
    (リベル)  エリカさん、どうもご無沙汰いたしております。私は家内の実家が有るので、年に一回は必ず帰郷しています。ただ、浄願寺という名前は、いや他にも寺町などと言う町も有って、お寺は沢山有るのですが、もう名前は全部忘却の彼方です。来月帰る予定です。楽しみにしています・・・。  

「生きるとは、自分の物語をつくること」

 投稿者:リベル  投稿日:2015年 9月19日(土)03時07分45秒
返信・引用 編集済
  これは小川洋子さんと河合隼雄さんの対談集の名前です。たまたま先ほど読み終わったのですが、小川さんの後書きの、その最後の部分にこんな文章があります。

”個人が内面の混沌を物語の形で受け入れるのと同じように、国家や社会もまた、その集団の根底に横たわる不安や不満や傷や憂いを言葉で表現することにより、対立する相手集団と歩み寄れるのでは?”

この「少し長すぎるあとがき」と題する後書きは、私が最近読んだ中で、最も心打たれる名文だなあと、感じ入っていたのですが、この部分を読んだとたんに、下の光景が頭に浮かんで、一挙にシーンと興醒めになってしまいました。嗚呼!情けなや・・・。
 

「よろこび!」

 投稿者:リベル  投稿日:2015年 7月28日(火)00時26分42秒
返信・引用
   

天声人語から(備忘録)

 投稿者:リベル  投稿日:2015年 7月26日(日)04時20分32秒
返信・引用 編集済
  (天声人語)鶴見俊輔さん逝く    2015年7月25日05時00分

 東大が嫌い。成績が一番のやつが徹底的に嫌い。哲学者鶴見俊輔さんの信条だ。父は東大出の政治家で、一番に執着した。鶴見さんの見るところ、一番の人間は状況次第で考えをころころ変えて恥とも思わない▼二番は認めるというところが面白い。二番になった人間は努力すれば一番になれるのに、「そこの追い込みをしないところに器量があり、遊びがある」。鶴見さんを語るのに器量と遊びという二つの言葉は欠かせないように思う▼正義というものの危うさをしばしば語った。正義の人は純粋さを追い求め、ついに暴虐に行きつく。不良だった鶴見少年を叱る母はまさにそういう人だった。だから自分は「悪人でいたい」。これも鶴見思想の一つの核心だろう▼借り物でない思考と裃(かみしも)を脱いだ言葉があるから、鶴見さんを読むのは心地いい。笑いを愛し、山上たつひこさんの人気漫画『がきデカ』を評価した。己の欲望に忠実な主人公「こまわり君」は、戦争に行けと命令されても従うまい。鶴見さんはそこに日本の希望を見た▼「ベ平連」や「九条の会」を動かした行動の人は、70歳で老いを自覚したという。80歳で初詩集『もうろくの春』を出版。「もうろくは一つの創造だ」と老境を楽しんでいた。享年93▼「失敗したと思う時にあともどりをする」。その大切さを説いた姿勢を引き継ぎたい。勝利への展望が失われても戦争をやめられなかった戦前と、明白な「違憲」法案への批判に耳を貸さない今の政権の姿が重なる。
 

Re: 御教授ください 80万年前のhand axe

 投稿者:Ichiro  投稿日:2015年 3月29日(日)20時15分3秒
返信・引用
  > No.5331[元記事へ]

Ichiroさんへのお返事。

りベルさん 有難うございました。これの様です。感謝。
 

御教授ください 80万年前のhand axe

 投稿者:Ichiro  投稿日:2015年 3月22日(日)20時30分3秒
返信・引用
  こんばんは 本日聞いた話ですが質問します。80万年前のHand axeが大量に東アフリカで発見され、その写真が東京大学出版会から発表されているそうですが、遠くからみたので、よくわかりません。恐らく先生は御存じだろうと思い質問します。 Ichiro  
    (リベル) Ichiroさん、こんにちは、ご無沙汰しています。
おっしゃっている写真は、存じ上げませんが・・・。こんなのも参考になるかもしれません、ご覧ください。

http://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/22_letter/data/news_2013_vol1/p13.pdf#search='%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%B9+%E6%9D%B1%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%AA%E3%82%AB'
 

ギザールという学者

 投稿者:リベル  投稿日:2015年 1月24日(土)01時38分43秒
返信・引用 編集済
   或る大きな会議室で、チョット学術的な講演会が終わり、モタモタしている内に、斜め前方に居た男性と二人だけ取り残されました。ふと気付くと何と彼は学生時代の後輩で、「ヤア!」、「ヨウ!」としばし奇遇の喜びを味わいながら、話題は今聞いたいくらかexcitingな講演の中身に及んだのですが、そこでとんでもないハプニングが起こりました。彼が「あのギザールの説によれば…」と言うので、「エッ!ギザールって?」と問いかけました。実は私は、その名を全く知らなかったのです。彼は、信じられない、巫山戯ているのかな?みたいな顔をして、「大槻さん、ギザールだよ、本当に知らないんですか?」。「済まん、本当に知らないんだよ…」。「エーッ・・・」としらけた空気になってしまいました。

「お茶でも行こうか?」「そうですね。」「何にする? 喉渇いたしアイスクリームでも食うか…」。そこで彼がこう言ったのでハットしました。「エッ! そんなもんで良いんですか?」。彼は結果的には、無礼な言い方になってしまったので、お詫びの印に何かご馳走しなければ、と思い込んでいたようなのです。私には一切そんな気持ちが無く、自分の無知や勉強のレベルの低さに、ただただ愕然としただけだったのです。そして、彼に「ギザール」のことを教わろうとお茶に誘っただけだったのです。それが彼にも分かったのか、やや曇っていた顔が、サァーツと晴れて・・・

と言う場面で、目が覚めました。起き上がりながら、ところで「ギザール」って何者だろう?俺は「人名歴史年表」を作ったんだから、いくらいい加減に作っていても、名前くらい覚えていても良いだろうに…と、コーヒーを淹れ終わってPCで確かめました。「ファイナル・ファンタジー」に出てくる言葉でした。20年か30年昔に遊んだゲームです。

変な夢を見たものです・・・^^

 

備忘録(再掲載)

 投稿者:リベル  投稿日:2015年 1月15日(木)11時00分49秒
返信・引用 編集済
    アフリカの代表的な主食はキャッサバ(1億1,800万トン)、トウモロコシ(5,300万トン)、ヤムイモ(5,000万トン)、ソルガム(2,500万トン)、プランテインバナナ(2,400万トン)、米(2,300万トン)、小麦(2,100万トン)、キビ(2,000万トン)、サツマイモ(1,400万トン)およびバナナ(1,200万トン)である(FAOSTAT, 2008)。ソルガムは耐寒性のある作物であるため、こうした主食のなかでも特異な地位を占めている。ソルガムは温暖な地域でも乾燥した地域でも栽培することができるという点で極めてユニークである。(アメリカ穀物協会著「ソルガムガイドブック」から)

エジプト西方砂漠に関する研究は、これまでエジプト東方砂漠のものと比較して少ないという指摘がなされてきた 2。このことは歴史学や考古学に比重を置いた研究が比較的少ないことを意味するが、決してエジプト西方砂漠研究全般としては当てはまるものではない。西方砂漠地域では、後述する G. カートン=トンプソン Caton-Thompson とE. W. ガードナーGardnerによって1930年から1933年にかけて行われた最初の試みの後、F. ウェンドルフ Wendorf と R. シルド Schild によって組織された先史学合同調査隊Combined Prehistoric Expedition(CPE)、F. ハサン Hassan と D. ホルムズ Holmes によるハルガ・オアシスにおける新石器に関する調査、1982 年から 1983 年の西方砂漠調査隊Western Desert Expedition(WDE)による住居址研究が行われている。これらの調査の中で特に注目すべきはウェンドルフらによるものである。彼らによって広範囲に渡って実施された調査は、現在ではほぼ人が暮らすことが出来ないようなナブタ・プラヤをはじめとした砂漠地域の遺跡の中において、井戸や炉のような人々の活動と麦やガゼルなどの動植物の痕跡を明らかにしたのである 3。このことから、恐らく気候が湿潤化し始めた紀元前 10000 年頃から紀元前 6000 年頃にナイル世界から人々が西方のフロンティアを求めて移住してきたのだと考えられている。ハルガ・オアシスにも同様の状況が起こったのであろう。(大城道則著「古代エジプトにおけるハルガ・オアシスの存在意義
―エジプト西方砂漠とナイル世界とのネットワーク―」から)
 


ようやく、「謝罪」まで来ました・・・!

 投稿者:リベル  投稿日:2014年 9月12日(金)02時08分26秒
返信・引用 編集済
 
※8分頃まで無音です、お待ちください。


■慰安婦報道でも謝罪(朝日新聞:2014年9月11日20時21分)

 一方、朝日新聞社が過去の慰安婦報道で、韓国・済州島で慰安婦を強制連行したとする吉田清治氏(故人)の証言を虚偽と判断し、関連の記事を取り消したことについて、木村社長は「訂正が遅きに失したことについて読者のみなさまにおわびいたします」と語りました。

◇検証後「進退を判断」(毎日新聞:2014年09月11日 19時50分)

 過去の従軍慰安婦報道について「慰安婦狩り」をしたとする吉田清治氏(故人)の証言を取り消すなどした検証記事(8月5、6日朝刊)で謝罪がなかったことなどに批判が出ていることについても、木村社長は「誤った記事で訂正は遅きに失したことを謝罪したい」と、この問題で初めて謝罪した。


◆国益害した慰安婦報道(読売新聞:2014年09月12日 01時17分)

 朝日は、記事撤回を海外にも発信するという。海外での誤った認識を正すことが重要だ。

 朝日新聞の誤った報道が、内外に大きな影響を及ぼしたのは、慰安婦問題も同様である。

 朝日新聞は8月5日朝刊の特集面で、これまでの慰安婦報道についての検証結果を掲載した。

 その中で、韓国・済州島で慰安婦を強制連行したとした吉田清治氏の証言が虚偽であったことは認め、証言をもとにした少なくとも16本の記事を取り消した。しかし、それに対する謝罪の文言はなく、厳しい批判を受けていた。

 この点について、木村社長は「誤った記事を掲載し、訂正が遅きに失したことについて、読者におわびする」と謝罪した。

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ただ一つだけ、引っかかることがあります。あくまでも「吉田調書」を前面に出して、「慰安婦問題」も御座いますが・・・とする、姑息さです。どこまで行っても、「フェア」になれない新聞社ですね。この段階に到るには、殺到する「購読契約解除」に耐えかねての、販売部門からの猛烈な突き上げが、大きな契機になったとの内部説が囁かれています・・・然もありなん・・・。
 

朝日新聞にも心ある人達が居るとは、思っていましたが・・・

 投稿者:リベル  投稿日:2014年 9月 5日(金)03時17分18秒
返信・引用 編集済
  朝日新聞「幹部級」も自社批判ツイート続々 池上コラム問題で「9月革命」が起きたのか    J-CASTニュース(2014/9/4 18:31)

   一度は朝日新聞に掲載を拒否された池上彰さんのコラムが一転、2014年9月4日朝刊紙面で掲載されたのは、社内外の激しい批判が一因だった。朝日新聞では記者によるツイッターの活用を進めており、ツイッターを通じて社内からの批判も可視化された。一連の自社批判には、末端の若手記者にとどまらず、編集委員などスター記者、さらには管理職など「幹部級」記者にも広がり、その数はあっという間に数十人に膨れ上がった。

   記者たちは、結果的にコラムが掲載されたことには安堵しながらも、コラムを実際に読んでみて「『この内容では掲載できません』の理由がますます分からない」などと当初の決定を改めて批判する声も多い。当初の掲載拒否の判断は木村伊量(ただかず)社長を頂点とする首脳陣が主導したとみられており、社内では「木村体制」への批判が高まっているともみられる。帝政ロシアが倒れた「10月革命」になぞらえて「9月革命」の可能性も指摘されはじめた。

社内の統制が取れていないので「情報が漏れ、現場が声を上げる」

   2014年9月3日夕方にコラム掲載が決まってからも、当初の決定を批判する声は朝日社内でやまなかった。尾形聡彦・国際報道部デスクは

「池上さんのコラムの掲載を見合わせていたことは、朝日新聞として間違った判断だったと思います。今日、社内で多くの議論があり、私を含め大勢の記者たちが『即日掲載すべきだ』と意見しました。そうした議論を踏まえ、掲載が決まりました。読者のみなさんや池上さんに本当に申し訳なく思います」

とツイート。社内の声が掲載を後押ししたことを明かした。北野隆一・編集委員は、一連の経緯を

「今回、結果的に社内の議論がオープンになったのは決して悪いことではなかった。でも、そもそも新聞は載せた記事の中身が話題になるべきで、新聞社の内幕が話題になるのはちょっと恥ずかしい」

と振り返った。複数いる朝刊編集長のひとり、沢村亙(わたる)氏は、社内の統制がとれない体質が、災い転じて福となしたとみているようだ。

「うちの会社も官僚的な体質があるが、主筆とか社長とかトップの鶴のひと声で軍隊のように一糸乱れずに動くこともできない。だからこそ情報が漏れ、現場が声を上げる。つくづく危機管理には向かない組織と思うが、これはこれでいい、と思う」

天声人語・前筆者「『この内容では掲載できません』の理由がますます分からない」

   9月4日朝になって紙面のコラムを読んだ記者からも、「不掲載」を支持する声は皆無だ。

   07年から13年まで天声人語の執筆を担当した冨永格(ただし)特別編集委員は、

「厳しいけれど、いつもの『池上節』の範囲内だと思います。こういうことを書いていただくのがこのコラムの狙い、かつ人気の理由でしょう。『この内容では掲載できません』の理由がますます分からない」

と、コラムの掲載は当然だとの見方を示した。石合力・国際報道部長も、

「見識ある批判に対して、謙虚に耳を傾けたいと思います」
とツイートした。
   今回の一連のツイートは、最初は末端記者クラスから始まったが、一気に中堅、幹部級まで広がったのが特徴だ。

「もし本当なら言論機関の自殺行為だ。朝日新聞社の対応に私は個人として賛同しない。少なからぬ同僚記者たちもそう思っている」(谷津憲郎・社会部遊軍長)
「北京出張で体調を壊し、帰宅すると冷蔵庫が『自然死』していて中は腐臭が漂い、池上彰さんのコラムの問題で会社の姿勢に腹が立って眠れず」(吉岡桂子・編集委員)
「掲載した上で、異論反論があるなら、紙面上で堂々と意見をぶつけ合えばいい。言葉には言葉で、それこそ読者は読みたいはず。いまからでも遅くない」(真鍋弘樹・ニューヨーク支局長)

「どの顔を思い浮かべても『こんな判断するわけない』という人物ばかり」

   中でも冨永氏は、

「ネット上の罵詈雑言や週刊誌広告の煽情とはワケが違います。『善意の批判』までを封じては言論空間が成り立ちません。度量の広さを示すチャンスをみすみす逃したばかりか、発信力のある書き手を『敵』に回してしまった。何重もの意味で『らしく』ない、もったいない対応でした」
「私の年齢になると編集幹部の多くと顔見知りですが、不思議でならないのは、どの顔を思い浮かべても『こんな判断するわけない』という人物ばかり。ここから何とかリセットできないものでしょうか」

と、今回の判断についての不可解さをにじませた。

   また、かなり早い段階から自社の対応を批判していた神田大介・テヘラン支局長は、

「別に記者アカウントの批判ツイートで決定がひっくり返ったってわけじゃないと思いますよ。もっと大きいうねりが社内であったようです」
「(まあ昔っから社内では、『朝日新聞のことを知りたければ文春・新潮を読め』ってよく言われたもんです。社員の知らない会社の話が満載)」

とツイート。社内で何らかの大きなうねりが起きており、それがまた週刊誌に報じられる可能性をほのめかした。

-----------------------------------------------------------------------------------------

しかし、これで朝日新聞の犯した罪が、いくらかでも軽くなったわけではありません。

「 過ちがあったなら、訂正するのは当然。でも、遅きに失したのではないか。過ちがあれば、率直に認めること。でも、潔くないのではないか。過ちを訂正するなら、謝罪もするべきではないか。

 朝日新聞は、8月5日付と6日付朝刊で、「慰安婦問題を考える」と題し、自社の過去の慰安婦報道を検証しました。これを読んだ私の感想が、冒頭のものです。」

で始まる、池上さんの主張を、自紙に掲載したのであれば、「謝罪もするべき」と認めたのでは無いのでしょうか。近々謝罪文が掲載され、同時に英語と韓国語での詳細説明がなされることを、これは朝日新聞のために、というか日本人の名誉のためにも、そして子供達や若い人達に何が正しいかを示すためにも、心からお待ちする次第です。
 

朝日新聞のおかした間違い!

 投稿者:リベル  投稿日:2014年 9月 3日(水)03時01分42秒
返信・引用 編集済
  言うまでもないこと、と、口をつぐんでいましたが、福島の吉田所長関連の誤報と池上彰氏関連の報道に接して、「こりゃいかんわ」と、痛む腰を上げました。朝日の犯した罪は、二つだと思っています。

(一)この頃、他の新聞やテレビ報道すら、スッと受け付けることが出来なくなっていることに気付きました。一切のメディアを、無条件では受け入れなくなってしまったのです。何がしかの疑いを持って、メディアに接することは、それはそれで大人の知恵として弁えては居たのですが、その基本とは違う次元での、メディア不信が染みついてしまっているのに、唖然としているわけです。間違った事実を報道しながら、口を拭って、知らぬ顔の半兵衛を決め込もうとする、朝日の罪は、これはこれは、大きいです。

(二)日本の一流紙が8月5日には「本質直視を」、28日には「核心は変わらず」と見出しを打ちました。これは、一見して、つまり記事を読まなくても、昔の中高生の頃の気取った優等生の「詭弁」を思わせます。素直でない記事内容であろう事を、言外に漂わせているので、私は記事を読みませんでした。他紙やテレビの報道で、「期待通りの」記事内容であったことは、知りましたが。
 このような、卑劣な内容の文章、それを掲載するという、「evil」としか表現できない行為、これが若い人々に与える悪影響は、非道い物だと思います。これは日本の大新聞(?)がやってはいけないことでしょう。

 この二つが、朝日新聞の犯した、大きな間違いで、この禍根はもう消せないのです。沢尻エリカではありませんが、”シット”であり、”ファック・ユー”であり、”サン・ノブ・ア・ビッチ”であります。日本語で罵るに値しません!!!
 

福島・吉田調書 「撤退」も命令違反もなかった:朝日の誤報!

 投稿者:リベル  投稿日:2014年 9月 2日(火)07時25分31秒
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  [読売新聞社説]福島・吉田調書 「撤退」も命令違反もなかった      2014年08月31日 08時55分


 東京電力福島第一原子力発電所事故を巡る「吉田調書」の全容が明らかになった。


 政府の事故調査・検証委員会が、吉田昌郎元所長から生前に聴取した証言の記録である。

 事実関係のほとんどは、政府事故調の報告書に反映されている。とはいえ、事故対応に当たった作業員の苦労や、吉田氏の心情を生々しく伝える貴重な資料だ。

 津波により、原発冷却に必要な電源が失われた。原子炉に注水し、圧力も抜かねばならなかった。

 事態が切迫する中、当時の菅首相ら官邸サイドや、東電本店から、注水作業などを催促する指示が矢継ぎ早に来た。

 「効果的なレスキュー(支援)が何もないという、ものすごい恨みつらみが残っている」と、吉田氏は不満を口にしている。

 現場の状況を踏まえぬ菅氏らの過剰介入が、作業を遅らせ、士気を損なった。重い教訓である。

 菅氏が、東電の「全面撤退」を阻止したと主張している点についても、吉田氏は「誰が撤退なんて話をしているんだと言いたいぐらいだ」と反発し、「現場は逃げていない」とも述べている。

 吉田調書を入手したとする朝日新聞は、5月20日付朝刊で、作業員が吉田所長の命令に反し、第二原発に撤退したと報じている。

 だが、調書を読む限り、吉田氏は、部下が指示に違反したとは認識していない。

 吉田氏は、「2F(第二原発)に行けとは言っていない」が、指示が伝わる過程で解釈が変わったと説明している。

 その上で、作業に必要な要員以外は「2Fに行った方がはるかに正しい」と、退避を選択した部下の判断を評価した。現場は、放射線量が高く危険な状況だった。

 退避の経緯は、政府事故調の報告書にも詳述されている。朝日新聞の報道内容は解せない。

 吉田氏は「文脈等をふまえなくては誤解を生む」と、調書の非公開を求めていた。しかし、朝日新聞の報道などを受け、証言は独り歩きを始めている。政府は「かえって本人の遺志に反する」として、近く公開する方針だ。

 作業員の奮闘は海外でも称賛されてきた。だが、朝日新聞の「撤退」報道に基づき、米紙が「作業員が命令に反して逃げた」と報じるなど誤解が広がっている。

 吉田氏は、危険を顧みぬ作業員の事故対応に、「本当に感動した」と語っている。彼らの名誉のためにも公開は妥当な措置である。

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点検 吉田調書(上)     2014年08月31日 09時00分

「所員撤退」世界に誤解


 東京電力福島第一原発の吉田昌郎まさお元所長(昨年7月死去)が政府事故調査・検証委員会の聴取に応じた「吉田調書」には、未曽有の過酷事故と向き合った現場の苦闘ぶりが生々しい言葉で記録されている。

 調書から酌むべき教訓は何か。非公開とされてきた調書を巡る報道がもたらした影響も含めて点検する。


■朝日報道「お門違い」憤る声

 「命令に反し、パニックに陥った所員は原発から逃げ出した」(米紙ニューヨーク・タイムズ)

 「恥ずべき物語があらわとなった。サムライ・スピリットの手本とはほど遠く、90%の所員は命令に従わず逃げた」(英紙ザ・タイムズ)

 「福島の『ヒーローたち』は実は怖くなって逃げ出していた」(豪紙オーストラリアン)

 今年5月、海外の有力メディアが一斉に報じたのは、福島第一原発の9割の所員が現場を放棄し、約10キロ離れた福島第二原発に逃げたとする衝撃的な内容だった。

 これらの記事は、吉田氏の調書を入手したとされる朝日新聞が5月20日朝刊の1面トップで掲載した「所員の9割が所長命令に違反して撤退した」との記事を受けたものだ。それぞれ朝日新聞の記事を引用するなどして報じている。

 とりわけ韓国メディアは辛辣しんらつだった。ソウル新聞は旅客船「セウォル号」の沈没事故で船長が我先に逃げ出したことになぞらえ、「福島の事故でもセウォル号の船員たちのように……」と報道。国民日報も「日本版のセウォル号事件と注目されている」と伝えた。

 だが調書には、吉田氏が所員らの行動を「命令違反」や「撤退」と受け止めていたという記述は見あたらない。

 事故発生4日後の2011年3月15日朝、第一原発で爆発音がした。吉田氏は、2号機の格納容器が破損した可能性があると判断し、最小限の所員を除いて、第一原発の近辺で放射線量の低い場所へ「退避」するよう指示。所員らは車で第二原発へ退避した。

 吉田氏は調書で「2F(第二原発)に行けとは言っていないんですよ」と述べている。この発言だけを読めば、所員が「命令違反」をしたようにも思える。

 しかし、吉田氏は続けてこう語っている。「よく考えれば、(放射線量の低い)2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです」。つまり、第二原発に向かった所員の判断は結果的に正しいと受け止めていたのだ。所員が指示と異なる行動を取ったのは、「伝言ゲーム」による指示の混乱が原因だったとも分析している。「撤退」という言葉も使っていないと証言した。

 ところが、朝日新聞は今年5月20日朝刊で、「正しいと思った」という吉田氏の言葉には一切触れないまま、「命令違反」「撤退」と断じた。そして、この報道が瞬く間に世界に拡散した。

 事故直後から危険を顧みず、不眠不休で収束作業に取り組んだ所員は、それまで欧米のメディアから「日本を救った名もない勇者たち」とたたえられていた。

 吉田氏とともに第一原発の免震重要棟に詰め、命がけで作業を続けた元所員は、朝日新聞の報道に憤る。「撤退などあり得ない。全くのお門違いで、悪意すら感じる。我々は吉田所長と強い信頼関係で結ばれていた」


■過酷な環境で健闘

向殿政男・明大名誉教授(安全学)

東電の社外有識者による事故調査検証委員会で委員を務めた向殿政男(むかいどのまさお)・明大名誉教授(安全学) 72

 検証委員として、事故の3か月後から1年間にわたって東電から報告を受け、大勢の東電関係者からもヒアリングを行った。私たちの調査では、現場に残りたいと志願し、命がけで作業にあたった所員がたくさんいた。朝日新聞の「命令違反で撤退」という記事を読んだ時、直感的におかしい、事実と異なるのではないかと感じた。

 所員らの命が危ぶまれるような危機に陥った際、必要な一部の人員を第一原発に残し、その他の所員を一時的に安全な第二原発に避難させるのは非常に理にかなっている。吉田氏が「命令違反」と受け止めなかったのは当然だろう。

 事故調査の検証をした立場からみれば、東電本店からの支援が限定的な中で、吉田氏や所員は過酷な環境で立派な仕事をしたと思う。朝日新聞の報道によって、ことさらにおとしめられ、誇りを傷つけられたと感じた人もいただろう。

 事故の検証では、淡々と事実を積み上げることが後世にとって重要だ。津波の想定など原発の安全基準はどのように作られていたかを中心に意見を述べたが、東電の報告書案に「仕方なかった」「よくやった」などの表現が盛り込まれていたときには、「事実だけを客観的に記述すべきだ」と指示した。

 事故の原因や状況は徐々に明らかになりつつあるが、まだ不明な部分も多い。後世の検証のために吉田調書を含め、さらなる情報公開が必要だ。


■調書のポイント

 全員撤退して身を引くということは言っていませんよ。私は残りますし、当然、操作する人間は残すけれども(中略)関係ない人間は退避させますからということを言っただけです。


■誤った認識、是正を

大森義夫・日本文化大学長

国家の危機管理に詳しい元内閣情報調査室長の大森義夫おおもりよしお・日本文化大学長 74

 「吉田調書」を巡る報道では、所員が吉田氏の命令に違反して撤退したとする朝日新聞の記事と、それに反論する他紙の記事があり、真実がどこにあるのか注目していた。実際に調書を読むと、朝日新聞は全くのウソを書いているわけではないが、一部分を切り取って拡大したのではないかと疑わざるを得ない。

 「命令違反」の根拠とされているのが、調書にある「本当は私、2Fに行けと言っていないんですよ」という吉田氏の言葉だろう。しかし、直後の「よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです」という吉田氏の言葉は記事のどこにも出てこない。

 最大の問題は、諸外国に、福島第一原発の所員が「所長の命令に背いて逃げた」と思われたことだ。それまでは、最後まで残った所員たちが「フクシマ・フィフティー」とたたえられるなど、勇気ある人たちと報じられていた。朝日新聞に「命令違反」と報道されたことにより、危機に臨むときに逃げないという日本人の精神、名誉を損ねてしまった。

 吉田氏や部下の所員たちのため、諸外国に広まった誤った認識は是正されるべきだ。朝日新聞には説明責任が生じた。国民の知る権利に応えるためにも、政府は、吉田氏以外の関係者の調書も広く公開すべきだ。

 吉田氏の調書は9月に公開されるとのことだが、どの報道機関も調書を正しく伝えてほしい。

■調書のポイント

 (放射)線量が落ち着いているところで一回退避してくれというつもりで言ったんですが(中略)よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです。

 

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