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宇佐美治さん、ご冥福をお祈りします。

 投稿者:リベル  投稿日:2018年 4月12日(木)13時01分11秒
返信・引用 編集済
  宇佐美治さんがお亡くなりになられました。

心から哀悼の意を表します。安らかにお眠りください。合掌。
 
 

a good loser

 投稿者:リベル  投稿日:2018年 3月30日(金)13時20分6秒
返信・引用 編集済
  「日暮れ、途(みち)遠し。吾が生(しょう)既に蹉跎(さだ)たり。諸縁を放下すべき時なり。信をも守らじ。礼儀をも思わじ。この心をも得ざらん人は、物狂ひとも言へ、うつつなし、情なしとも思へ。毀(そし)るとも苦しまじ。誉むとも聞き入れじ。(徒然草:第百十二段)」

(1)「蹉跎」は、二字ともつまずくの意で、思うように進み得ない状態。「新訂徒然草(岩波文庫)の注釈」

(2)「蹉跎」 大辞林によれば、「「蹉」 「 跎 」ともつまずく意」とあって、用例が・・・
  ①  つまずくこと。また、ぐずぐずして空しく時を失うこと。 「嗚乎呉を沼にするの志空く-し/佳人之奇遇 散士」
  ②  落ちぶれること。不遇なこと。また、そのさま。 「吾が生既に-たり/徒然草 112」
  ③  食い違っている・こと(さま)。 「万事の-たることかくのごときなる/正法眼蔵」


 何か順序が逆になりました。本棚の隅で見つけた、中野孝次の「老年の良識」を読み返して居て、この言葉を見つけ、ハットしました。中野孝次さんは、大意を次のように記しています。

「自分の人生はもうけりがついた。これからはもう、義理はすべて欠くことにしよう。社会の決まりや礼儀さえ思うまい。」

 自分がこれを読んだのは恐らく15年から20年ほど前のはず。当時私は中野孝次さんに心酔していましたから、この言葉を心に刻んだ可能性が強いのです。「可能性」などという表現にしたのは、それほど強く「信条」として遵奉していたわけでは無く、しかし、顧みれば甚だしく影響を受けた、という自覚があるからです。

 でも今回これを調べていて、大辞林の「落ちぶれること。不遇なこと。」という語釈に、少なからぬショックを受けました。あっ、お見通しだったんだ!というような感覚です。そうは思いたくなかったから、敢えて目を背けていたけれど、実は自分は「負け犬」なんだ、洋画で良く耳にする「loser」なんだ。いや矢張りそれはズット昔から自覚していたんだ、ただ、全くそれをネガティブに受け取ることをしなかっただけなんだと、今頃気づきました。これは一つの進歩なのでしょうか・・・。
 

Re: 年表を

 投稿者:リベル  投稿日:2018年 3月25日(日)13時23分11秒
返信・引用 編集済
  > No.5352[元記事へ]

風林火山さんへのお返事。

> 大変参考になっております。
> ありがとうございました。

風林火山様、お役に立てて幸いです。色々不備などあろうかと思います。改善しますので、どうぞご遠慮なく、お申し付けください。
 

年表を

 投稿者:風林火山  投稿日:2018年 3月24日(土)09時01分31秒
返信・引用
  年表をリンクさせて頂きました。
大変参考になっております。
ありがとうございました。
 

「真善美」って何なん?

 投稿者:リベル  投稿日:2018年 1月24日(水)14時24分48秒
返信・引用
  > No.5349[元記事へ]

よく並べて言われる真善美。そもそも「真」・「善」・「美」それぞれを少なくともこの私は、じっくりと味わうように芯から理解することが出来ていません。なので、余計に分からないのですが、この三つは何故並立しているのでしょう? 誰かが最初に言い出したのでしょうが。この答えは「コトバンク」で意外に簡単に見つかりました。堅苦しい文章ですが、そのまま引用します。出典は小学館の「日本大百科全書」です。

 知性(認識能力)、意志(実践能力)、感性(審美能力)のそれぞれに応ずる超越的対象が真善美である。このうち、知性の対象を真とし、意志の対象を善として併置することは西欧古代、中世の哲学的伝統であった。またギリシアでは、美と善とは合して、「美にして善なるもの」kalokagathonという合成語となり、自然的、社会的、倫理的な卓越性をさすことばであった。しかし、真善美の三者が併置されるようになったのは、おそらく近代になってからのことで、直接にはカント哲学の影響によるものであると考えられる。カント哲学の紹介者であったフランスの講壇哲学者クーザンには、『真美善について』Du vraie, du beau et du bien(1853)という著作があり、カント哲学の復興であったドイツの新カント学派では、「真善美」d. Wahre, d. Gute, d. Schneはその哲学の常套(じょうとう)語となった。日本へのこの語の移入は、おそらく新カント学派の影響によるものと考えられる。[加藤信朗]

何やら小難しいですが、先に以下の国語辞典の語釈を読めば、理解が早まります。

デジタル大辞泉
  認識上の真と、倫理上の善と、審美上の美。人間の理想としての普遍妥当な価値をいう。

広辞苑
  認識上の真と、倫理上の善と、美学上の美。人間の理想として目ざすべき普遍妥当な価値をいう。これに聖を加えることもある。「かくてなほあくがれますか真善美わが手の花はくれなゐよ君」(晶子)

大辞林 第三版
 人間の理想である、真と善と美。それぞれ、学問・道徳・芸術の追求目標といえる、三つの大きな価値概念。

先ず下の三つの国語辞典を比べて、誰もが抱く感想は、恐らく大辞泉と広辞苑の語釈の酷似でしょう。これは私の常識的には、大辞泉が広辞苑から安易に頂戴したという、巷間よく見られる手法ということで、片付くでしょう。不愉快なのは、広辞苑の用例ですね。ここに晶子を持ってくるとは、努力不足といわれても仕方ないのではないでしょうか。尤も、真面目な書物からでは、逆に甲乙つけがたくて、選びにくかったという事情は良く理解できますが、さりとて何も・・・。

閑話休題。三つが並立させられた経緯です。率直に言って私なんぞは、先ず人間の「肉体」と「精神」という分け方には、直ちに納得が出来ますから、そういう観点から「知性()」と「意志()」という中世哲学の考え方にはついていけるし、一方ギリシャの「にしてなるもの」というのも、それはそれで分かる気がするという段階です。この筆者の加藤氏もご苦労なさったかとは思いますが、しかし、三者が並立した、あるいはさせられた理由は、依然として不明です。

だから、というわけでも、癪だからというわけでも無いのですが、私が最近たまたま読んだ岡潔さんの「春宵十話」の中に有った「」と「」のペアをご紹介します。「数学を志す人に」の中の一節に

「ここにいう調和とはの中における調和であって、芸術のようにの中における調和ではありません」

とあるのです。勿論、前にポアンカレーの到達した「数学の本体は調和の精神である」という自覚が紹介されているのですが(お断りしておきますが、実は私、この意味を理解できているわけでは無いのです。)。もう一つの「真の中の調和」を岡先生は実例を挙げて次のように説いておられます。少し長いですが・・・

”私が中学生のころ、数学の試験は答案を書き終わってからも間違ってないかどうか十分に確かめるだけの時間が与えられていました。それで十分に確かめた上に確かめて、これでよいと思って出すのですが、出して一歩教室を出たとたんに「しまった。あそこを間違えた」と気づくのです。(中略)教室を出て緊張がゆるんだときに働くこの智力こそ大自然の純粋直感共呼ぶべきものであって、私たちが純一無雑に努力した結果、真情によく澄んだ一瞬ができ、時を同じくしてそこに智力の光が射したのです。そしてこの智力が数学上の発見に結びつくものなのです。”

この一瞬が「真の中の調和」なのでしょう。実は私にもこの体験が有るのですよ、ポアンカレーさん。そして「美の中の調和」の感覚も分かる・・・というより理解できるのです・・・?ほんまかいな!
 

「win-win」ばかりで良いのかいな?

 投稿者:リベル  投稿日:2017年 8月 1日(火)01時16分59秒
返信・引用
   このところよく耳にする言葉に、「win-win」というのがあります。また若者言葉かいな?と思っていたら、経営学用語らしくて、驚きました。
 今読んでいる河合隼雄の「心の処方箋」という本に、河合さんの造語として「ふたつよいことさてないものよ」というのが有りました。これは「win-win」のまさしく逆の意味で、世の中も、心理学上も、「良い」と「悪い」が有って、バランスというものが成り立っているのですぞ!というご意見です。フムフムそんなものかなあと感慨にふけりました。耳からは「加計学園問題」で擦った揉んだやっている、国会中継が入ってきます。何となくですが、安倍総理に聞かせてあげたくなりました。「ふたつよいことさてないものよ」何となくですが・・・(笑)
 

「ほぞ」って何だ?

 投稿者:リベル  投稿日:2016年10月17日(月)13時52分34秒
返信・引用 編集済
   世界の古い井戸について、まとめていると(参考)、色んな雑学に出会えて興が尽きません。新石器時代の初期、人類が定住を初めてまもなく、「井戸」を考え出しました。これがいわゆる大工仕事(木工作業)の始まりだろうと言われているそうですが、その記述の中に「cogging joint」という知らない言葉が出てきました。調べてみると日本語で「枘(ほぞ)」と言う奴です。聞いたことはあっても、正確にどんなものか知らないので、インターネットで調べたら、こんなサイトが見つかりました。思わず膝を打つようなわかりやすい説明が、見事な日本語で綴られています。ツイツイ紹介したくなって・・・。

 

現下の豊洲問題!よくまとまっています・・・

 投稿者:リベル  投稿日:2016年 9月23日(金)22時28分7秒
返信・引用 編集済
  小池知事、豊洲は「都庁改革の試金石」 従来体制を批判       (朝日新聞:2016年9月23日20時40分)


 東京都の築地市場(中央区)から移転予定の豊洲市場(江東区)で、主な建物の下に盛り土がなかった問題で、小池百合子都知事は23日の定例記者会見で、「無責任体制と言わざるを得ない」と従来の都の管理体制を厳しく批判した。盛り土のない設計に変更した決定者や時期を特定した上で、今月中に報告をまとめる方針を示した。

 「あいまいな部分を残している内容としか思えない」。小池知事は会見で、21日に事務方から報告された調査結果について指摘。「都庁が自律改革ができるのかどうかの試金石だ」と強調した。

 豊洲市場では環境基準を大きく上回るベンゼンなどの有害物質が検出されたため、2008年に都の「専門家会議」が汚染対策として敷地全体に盛り土などをするように提言。しかし、実際は主な建物5棟の地下に盛り土がなく、空間があったことが今月発覚。小池知事が事務方に経緯の調査を指示していた。

 小池知事がこの日、追加調査の要点に挙げたのは、①いつ、誰が盛り土しないことを決めたのか②都のウェブサイトや議会答弁が事実と違っていた理由③事態を知っていた職員が「専門家会議」委員に意見を求めなかった理由――の3点。

 知事によると、盛り土に代わる空間が設けられた理由について、事務方の調査では「地下水検査などの作業空間が必要」「設計過程で地下空間を設ける方針が固まった」などとあるだけで、決定者や時期などがあいまいだったという。「調べる量が膨大。(次の報告に)期待したい」とした。

 小池知事が厳しい言葉を並べたのは、担当部局の都中央卸売市場長に関する質問に答えた場面。08年から現職までの市場長5人が調査に対し、「盛り土をしない設計変更を知らなかった」という趣旨の説明をしていることを明かし、「これこそガバナンス、縦割りの問題。誰のお金で、誰のための市場なのか。無責任体制と言わざるを得ない」と批判した。

 今後、事務方の調査で焦点になるのは、市場施設の基本設計を発注した11年3月から、できあがった同6月ごろまでの約3カ月間に何があったかだ。都幹部によると、発注段階ではなかった「地下利用」の案が、作られた設計には盛り込まれたことが分かっている。

 この間、都の担当部局と受注した大手設計会社との協議の過程で設計変更された可能性が高いとみられているが、決定者や変更の目的についての調査は難航している。証言の食い違いが目立つ一方、裏付けられる文書記録が少ないためという。

 都議会答弁などで事実と異なる説明が続いていた点も、「同じ部局内でも、技術と事務の担当者間で情報共有が不十分。事実を知らない職員が多かった」などと話す職員は少なくない。専門家会議に報告しなかった点についても同様で、詳細な経緯の解明は難航しそうだ。
 

年表拝見しました

 投稿者:アール  投稿日:2016年 9月 2日(金)01時46分10秒
返信・引用
  とても興味深く、そして見易い年表でした。
有難うございました。
 
    (リベル) 
ご丁寧に、痛み入ります。ご活用頂ければ幸甚です・・・^^
 

これはCMではありません!!!???

 投稿者:リベル  投稿日:2015年11月 1日(日)01時54分58秒
返信・引用 編集済
  出典  

映画「ダラス・バイヤーズ・クラブ」から

 投稿者:リベル  投稿日:2015年10月20日(火)03時37分30秒
返信・引用
  マシュー・マコノヒー" I got one... one life, right? Mine. But I want someone else's sometimes."

字幕「人生は一度きりだけど、他人のも生きてみたい。」

「俺は一つの人生を生きてきた、俺のをな。だけど他人のも生きてみたいって、思うんだよな、たまに。」

妻に真剣な興味を抱くってことは、何となく「他人のを生きている」感じに、近いのです。おかしいかな???
 

福知山

 投稿者:エリカ  投稿日:2015年 9月25日(金)20時27分31秒
返信・引用
  お久しぶりです。何十年かぶりで福知山へ行ってきました。

祖父母が住んでいた家も建て替わっていました。祖父母はとっくの昔に他界しましたが。祖父母の家の近くの浄願寺(ご存じですか)も見てきました。道路は舗装され、子供の頃遊んだ小川も橋がかかっていました。子供の頃は川でおばちゃんたちが洗濯していました。
美和荘という宿舎で泊まったのですが、宿泊料金も安く食事がとてもおいしかったです。
 
    (リベル)  エリカさん、どうもご無沙汰いたしております。私は家内の実家が有るので、年に一回は必ず帰郷しています。ただ、浄願寺という名前は、いや他にも寺町などと言う町も有って、お寺は沢山有るのですが、もう名前は全部忘却の彼方です。来月帰る予定です。楽しみにしています・・・。  

「生きるとは、自分の物語をつくること」

 投稿者:リベル  投稿日:2015年 9月19日(土)03時07分45秒
返信・引用 編集済
  これは小川洋子さんと河合隼雄さんの対談集の名前です。たまたま先ほど読み終わったのですが、小川さんの後書きの、その最後の部分にこんな文章があります。

”個人が内面の混沌を物語の形で受け入れるのと同じように、国家や社会もまた、その集団の根底に横たわる不安や不満や傷や憂いを言葉で表現することにより、対立する相手集団と歩み寄れるのでは?”

この「少し長すぎるあとがき」と題する後書きは、私が最近読んだ中で、最も心打たれる名文だなあと、感じ入っていたのですが、この部分を読んだとたんに、下の光景が頭に浮かんで、一挙にシーンと興醒めになってしまいました。嗚呼!情けなや・・・。
 

「よろこび!」

 投稿者:リベル  投稿日:2015年 7月28日(火)00時26分42秒
返信・引用
   

天声人語から(備忘録)

 投稿者:リベル  投稿日:2015年 7月26日(日)04時20分32秒
返信・引用 編集済
  (天声人語)鶴見俊輔さん逝く    2015年7月25日05時00分

 東大が嫌い。成績が一番のやつが徹底的に嫌い。哲学者鶴見俊輔さんの信条だ。父は東大出の政治家で、一番に執着した。鶴見さんの見るところ、一番の人間は状況次第で考えをころころ変えて恥とも思わない▼二番は認めるというところが面白い。二番になった人間は努力すれば一番になれるのに、「そこの追い込みをしないところに器量があり、遊びがある」。鶴見さんを語るのに器量と遊びという二つの言葉は欠かせないように思う▼正義というものの危うさをしばしば語った。正義の人は純粋さを追い求め、ついに暴虐に行きつく。不良だった鶴見少年を叱る母はまさにそういう人だった。だから自分は「悪人でいたい」。これも鶴見思想の一つの核心だろう▼借り物でない思考と裃(かみしも)を脱いだ言葉があるから、鶴見さんを読むのは心地いい。笑いを愛し、山上たつひこさんの人気漫画『がきデカ』を評価した。己の欲望に忠実な主人公「こまわり君」は、戦争に行けと命令されても従うまい。鶴見さんはそこに日本の希望を見た▼「ベ平連」や「九条の会」を動かした行動の人は、70歳で老いを自覚したという。80歳で初詩集『もうろくの春』を出版。「もうろくは一つの創造だ」と老境を楽しんでいた。享年93▼「失敗したと思う時にあともどりをする」。その大切さを説いた姿勢を引き継ぎたい。勝利への展望が失われても戦争をやめられなかった戦前と、明白な「違憲」法案への批判に耳を貸さない今の政権の姿が重なる。
 

Re: 御教授ください 80万年前のhand axe

 投稿者:Ichiro  投稿日:2015年 3月29日(日)20時15分3秒
返信・引用
  > No.5331[元記事へ]

Ichiroさんへのお返事。

りベルさん 有難うございました。これの様です。感謝。
 

御教授ください 80万年前のhand axe

 投稿者:Ichiro  投稿日:2015年 3月22日(日)20時30分3秒
返信・引用
  こんばんは 本日聞いた話ですが質問します。80万年前のHand axeが大量に東アフリカで発見され、その写真が東京大学出版会から発表されているそうですが、遠くからみたので、よくわかりません。恐らく先生は御存じだろうと思い質問します。 Ichiro  
    (リベル) Ichiroさん、こんにちは、ご無沙汰しています。
おっしゃっている写真は、存じ上げませんが・・・。こんなのも参考になるかもしれません、ご覧ください。

http://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/22_letter/data/news_2013_vol1/p13.pdf#search='%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%B9+%E6%9D%B1%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%AA%E3%82%AB'
 

ギザールという学者

 投稿者:リベル  投稿日:2015年 1月24日(土)01時38分43秒
返信・引用 編集済
   或る大きな会議室で、チョット学術的な講演会が終わり、モタモタしている内に、斜め前方に居た男性と二人だけ取り残されました。ふと気付くと何と彼は学生時代の後輩で、「ヤア!」、「ヨウ!」としばし奇遇の喜びを味わいながら、話題は今聞いたいくらかexcitingな講演の中身に及んだのですが、そこでとんでもないハプニングが起こりました。彼が「あのギザールの説によれば…」と言うので、「エッ!ギザールって?」と問いかけました。実は私は、その名を全く知らなかったのです。彼は、信じられない、巫山戯ているのかな?みたいな顔をして、「大槻さん、ギザールだよ、本当に知らないんですか?」。「済まん、本当に知らないんだよ…」。「エーッ・・・」としらけた空気になってしまいました。

「お茶でも行こうか?」「そうですね。」「何にする? 喉渇いたしアイスクリームでも食うか…」。そこで彼がこう言ったのでハットしました。「エッ! そんなもんで良いんですか?」。彼は結果的には、無礼な言い方になってしまったので、お詫びの印に何かご馳走しなければ、と思い込んでいたようなのです。私には一切そんな気持ちが無く、自分の無知や勉強のレベルの低さに、ただただ愕然としただけだったのです。そして、彼に「ギザール」のことを教わろうとお茶に誘っただけだったのです。それが彼にも分かったのか、やや曇っていた顔が、サァーツと晴れて・・・

と言う場面で、目が覚めました。起き上がりながら、ところで「ギザール」って何者だろう?俺は「人名歴史年表」を作ったんだから、いくらいい加減に作っていても、名前くらい覚えていても良いだろうに…と、コーヒーを淹れ終わってPCで確かめました。「ファイナル・ファンタジー」に出てくる言葉でした。20年か30年昔に遊んだゲームです。

変な夢を見たものです・・・^^

 

備忘録(再掲載)

 投稿者:リベル  投稿日:2015年 1月15日(木)11時00分49秒
返信・引用 編集済
    アフリカの代表的な主食はキャッサバ(1億1,800万トン)、トウモロコシ(5,300万トン)、ヤムイモ(5,000万トン)、ソルガム(2,500万トン)、プランテインバナナ(2,400万トン)、米(2,300万トン)、小麦(2,100万トン)、キビ(2,000万トン)、サツマイモ(1,400万トン)およびバナナ(1,200万トン)である(FAOSTAT, 2008)。ソルガムは耐寒性のある作物であるため、こうした主食のなかでも特異な地位を占めている。ソルガムは温暖な地域でも乾燥した地域でも栽培することができるという点で極めてユニークである。(アメリカ穀物協会著「ソルガムガイドブック」から)

エジプト西方砂漠に関する研究は、これまでエジプト東方砂漠のものと比較して少ないという指摘がなされてきた 2。このことは歴史学や考古学に比重を置いた研究が比較的少ないことを意味するが、決してエジプト西方砂漠研究全般としては当てはまるものではない。西方砂漠地域では、後述する G. カートン=トンプソン Caton-Thompson とE. W. ガードナーGardnerによって1930年から1933年にかけて行われた最初の試みの後、F. ウェンドルフ Wendorf と R. シルド Schild によって組織された先史学合同調査隊Combined Prehistoric Expedition(CPE)、F. ハサン Hassan と D. ホルムズ Holmes によるハルガ・オアシスにおける新石器に関する調査、1982 年から 1983 年の西方砂漠調査隊Western Desert Expedition(WDE)による住居址研究が行われている。これらの調査の中で特に注目すべきはウェンドルフらによるものである。彼らによって広範囲に渡って実施された調査は、現在ではほぼ人が暮らすことが出来ないようなナブタ・プラヤをはじめとした砂漠地域の遺跡の中において、井戸や炉のような人々の活動と麦やガゼルなどの動植物の痕跡を明らかにしたのである 3。このことから、恐らく気候が湿潤化し始めた紀元前 10000 年頃から紀元前 6000 年頃にナイル世界から人々が西方のフロンティアを求めて移住してきたのだと考えられている。ハルガ・オアシスにも同様の状況が起こったのであろう。(大城道則著「古代エジプトにおけるハルガ・オアシスの存在意義
―エジプト西方砂漠とナイル世界とのネットワーク―」から)
 


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